•  ある自衛官は「自衛官は学びの人生」と話す。長い歳月をかけ、国を守る人材をじっくりと育てるのが自衛隊なのだ。その教育システムは各自衛官の立場や職務によって違う上に、内容が濃い。任務遂行に全力を投じる精強な隊員を育てる自衛隊の教育システムの概要を解説しよう。

    人間教育とプロの養成を行う自衛隊の教育システム

    画像: 新入隊員教育では自衛官として必須の基本動作を教え込まれる。整列や徒歩行進の際の基礎的な動作も、教官が練度を見極めて指導を行う

    新入隊員教育では自衛官として必須の基本動作を教え込まれる。整列や徒歩行進の際の基礎的な動作も、教官が練度を見極めて指導を行う

     自衛隊の教育体系の大きな特徴は2つ、1つ目は教育システム全体を階級に応じた教育と各専門分野である職種(注)に応じた教育という2本の柱が貫いているということ、もう1つは自衛官は在任中に各種教育機関と所属部隊を何度も往復し、学習、実践、再学習を繰り返すということである。そのため自衛隊の教育体系は、一般社会の学校教育のように直線的なものではなく、非常に複雑で多岐にわたっている。

     まず階級または職種ごとに、それぞれの立場における自衛官教育と、職務遂行に必要な資質を養成する教育について説明しよう。階級に応じた教育は、大きく新入隊員、曹士、幹部に分かれ、それぞれ教育の目的が変わってくる。主に高校や大学を卒業して入る自衛官候補生課程、一般陸・海・空曹候補生課程では、自衛官として第一歩を踏み出すための教育を受ける。ここではまだ職種の選別が行われておらず、体力、精神、団体行動など、自衛官として必要な土台を形作る。防衛大学校や一般大学を卒業した後などに入る幹部候補生課程でも同様に職種別の教育は行わず、将来の幹部自衛官としての基礎教育が行われる。自衛官としての基本教育をすでに受けている防大卒の隊員も、一般大学卒の隊員も幹部候補生課程で同じ教育期間で共に教育訓練を受ける。

    (注)航空機を操縦する「飛行」や隊員の救急救護などを行う「衛生」、人や物を運ぶ「輸送」などの、自衛隊の仕事の種類のこと。陸・海・空合わせて100近くの職種がある。

    学校で学び部隊で実践を繰り返し、ステップアップする

    自衛官としての基礎的な教育を受け、職種の学校で一定の専門知識・技術を身に付けた隊員は、部隊での錬成と学校で教育を受けることを繰り返す中で自衛官としてステップアップし、職種のスキルアップをしていく

     自衛官としての基礎教育の修了後、各職種への振り分けが行われる。これ以降自衛官は、もう1つの自衛官教育の特徴である、各種教育機関と部隊との往復が始まる。陸上自衛隊では輸送学校や通信学校、需品学校など職種に特化された学校で、海上自衛隊、航空自衛隊では各術科学校などで基礎を学び、部隊では学んだことの実践と技術の向上を行い、再び教育機関に入校して次のステップを目指す。このサイクルが自衛隊にいる限りずっと連続するため、自衛官は多くの時間を学校で過ごすことになるのだ。

     自衛官を一生の仕事にせんとする者が突破すべき最初の壁は、任期制隊員である「士」から非任期制隊員である「曹」への昇任試験である。ここをクリアして3曹となった隊員が陸自では陸曹候補生課程、海自では初任海曹課程、空自では空曹予定者課程に進み、部下である士の指揮、指導を行う立場としての教育を受ける。さらに3尉以上の幹部になると、今度は部隊の指揮と管理者としてのマネジメントを学ぶ幹部教育を受ける。防大、一般大を出て幹部候補生課程を経た隊員は、ここからスタートし本格的に幹部教育を学ぶ。

     このようにそれぞれの階級での自衛官としての執るべき姿勢や行動、立場を学びながら、自分の専門職種のスキルアップを目指して学校での勉強、部隊でのOJT(現場で訓練などによる実践教育)を行い、その間に階級および各職種での資格、認定試験を何度も受ける。ハードルを1つ越えると、その次のステップの階級、職種の階層に就き、さらに1段上を目指して学習をするのである。

    陸・海・空でそれぞれ独自の教育課程が存在する

    画像: 学校で学んだ技術や知識を部隊で実践し錬成を行うのは、パイロットも同じ。機長を務める先輩パイロット(左)が、副機長を務める後輩の操縦を隣で見守る 撮影/野岸泰之

    学校で学んだ技術や知識を部隊で実践し錬成を行うのは、パイロットも同じ。機長を務める先輩パイロット(左)が、副機長を務める後輩の操縦を隣で見守る 撮影/野岸泰之

     以上に述べた自衛隊の教育体系はごく大ざっぱなもので、実際にはもっと複雑であり、さらに陸・海・空各自衛隊それぞれに特別な教育システムがある。例えば航空機の運用が部隊任務のメインとなる空自では、教育体系は飛行教育と術科教育に二分される。航空機運用に特化した飛行教育は、パイロットとなるべく航空学生課程、各種の飛行教育課程などを経て、最終的にパイロット資格取得を目指す特殊な教育ルートとなる。同じパイロットでも陸自と海自ではそれぞれ独自の養成課程を設けている。

     また、艦艇の運用を主とする海自では基本的に任務遂行の場が海上であるため、海自隊員は航空機の搭乗員や陸上勤務者でも一定程度の泳力を求められ、入隊後は通常の体力測定以外に毎年水泳測定を受けなければならないのが特徴だ。また新入隊員は自衛官教育を受けた後に、さらに船乗りとしての基本的な教育を受け、その後各職種教育へと歩んでいく。そのため自衛官候補生課程を修業した後に海自オリジナルの練習員課程がある。

     このほかにも海自の潜水艦課程や陸自の空てい部隊の養成課程など、さまざまな教育ルートが存在する。また3自衛隊共同の機関・学校として、防衛研究所や高級幹部を養成する統合幕僚学校(注)などもある。多くのオリンピック選手を輩出している自衛隊体育学校もその1つで、その目的は高度なアスリートを生み出すトレーニング方法を、一般自衛官の体力錬成などの指導に生かすことである。自動車メーカーがF1レースに出場し、そこで得られた技術や経験を一般車の研究や開発にフィードバックしているのと同じということだ。

    (注)幕僚:指揮官をサポートする立場にある者のこと。陸・海・空各自衛官の隊務に関して、防衛大臣の補佐を行う陸上・海上・航空各幕僚監部や、陸・海・空各自衛隊の一体的な行動を遂行するために計画を立て、統合運用などを行う統合幕僚監部などがある。

    (MAMOR2021年4月号)

    <文/古里学 撮影/近藤誠司>

    自衛官を育てる言葉

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