IT技術などの発展もあり、近年、情報に関する任務の重要性が急速に増している。情報に関わる陸上自衛隊の隊員が知識と技術を習得する情報教育の中心が陸上自衛隊情報学校だ。情報学校ではどのような教育を行っているのだろう。その一例として「地誌」と「語学」の教育について教官と学生に話を聞いた。
基礎教育に時間をかけ、情報分析力を上げていく
自衛隊では、処理(分析)されていない情報を「情報資料(インフォメーション)」、分析された情報を「情報(インテリジェンス)」と区分している。情報科職種の隊員は、集めた「情報資料」を分析して「情報」にするため、敵の編成や装備、作戦内容なども熟知する必要がある。そのため情報学校では、情報資料の分析を行う実習をする前に、基礎教育を約100時間かけて行っている。
「情報収集に必要な装備品を駆使するための知識も情報学校で学びます。ですが集めた情報を分析して部隊の作戦に生かすための基本が大切です。情報に関する任務は頭を使い地道で神経を使う作業が多い。『敵が何を考えているか』、『これからどう動くのか』などを解明するため、パズルのピースを集めて答えを導き出すような難題に直面する仕事です。
基礎教育で身に付ける知識も多く大変ですが、自分たちの分析した情報が現場指揮官の判断材料となりますので、限られた時間の中で最善の結果を導き出すプロになれるよう、丁寧な教育を心掛けています」と第1教育部長の濵﨑1佐。
予察と現地調査で精度を高める「地誌」の教育
情報学校の教官として、「地誌」および「航空写真判読」の教育を担当する藤原祥雄1等陸尉。地誌とは、地形、気候や気温、土壌や水流、植生などの自然環境や、建造物などの人工物、さらにはその地域の人口分布や社会環境など、部隊が作戦行動を行うために必要な地理的情報のことだ。課程での指導について藤原1尉に聞いた。
「地誌の教育は、大きく分けて『予察』と『現地調査』があります。予察とは、地図や航空写真を見て現地の特性を事前に把握すること。現地調査は、予察をベースに現地で確かめて地誌情報を精査・補強することです」。
地図は狭い面積に広い地域を収録するため、情報が省略されていることも多い。例えば地図から予察をして作戦地域を流れる川に橋があることが分かったとしても、どんな状態の橋なのか現地で確認しなければ戦車などが通過可能かを判断することができない。このような「地図から省かれた情報」を補完しなければ、作戦を遂行するための「生きた情報」として使えないのだという。
「『予察』と『現地調査』を繰り返し地図と現場の“差”を確認することで、予察の作業でも気付けることが多くなります」と藤原1尉。
学生は、広い視点で考える重要性を知り、部隊に戻る
学生として約5カ月にわたる地誌教育を修了直前だった雪岡寿浩2等陸曹に、一番印象に残っている教育内容について聞くと現地調査だと語った。
「茨城県の土浦で現地調査をしたのですが、事前の予察で作ったデータと、現地を見ての差に驚きました。例えば地図には書いていない、竹やぶの中にあった20メートルの崖や、航空写真でも読み取れない高速道路の高架下にある障害などがあり、車両などの通行が困難だと分かりました。地図を見るだけでは分からない、現地調査の大切さを学びました」
雪岡2曹は続けて、地図も災害や風化、建物の建設などによって「経年劣化」すること、水田も夏は水が張られていて移動に適さないが、冬には乾燥して車両の移動も可能になるという季節要因があることなどを教えてくれた。
「情報学校で学ぶことで、物事を広い視点で見る重要性を痛感しました。学生自ら考えて学ぶようにカリキュラムが組まれていて、とても頭を使いました。今後は部隊に戻りますが、ここで身に付けたいろいろな知識を持って、的確かつ迅速に状況判断ができるよう、さらに成長したいと思っています」
短期集中で、軍事用語も学ぶ「語学」の教育
英語、中国語、ロシア語、韓国語の4つの言語を教育する第2教育部での語学教育だが、一般の語学学校とは異なるのが、軍事用語や軍事に関する独特の表現などを教育することだ。
「例えば英語は、第2教育部での教育を修了するとアメリカ軍と共に行動するような部隊で活躍することが多いです。通訳をする際もアメリカ軍の実情などを把握しておくことで、円滑に進むこともあります。そのため一般的な英語力に加えて、自衛官として必要な語学力を磨くことに力を入れています。合わせて英語の軍事用語も常に最新の情報を追いかけ、即使えるようにするなど、語学を専門に学んだ者として『使命感』を持つように伝えています」と話す、第2教育部長の野邊1佐。続けて中国語、ロシア語、韓国語の教育について教えてくれた。
「軍事的な内容の教育もありますが、それ以前にこれらの語学を初めて学ぶ学生がほとんどです。正確な発音や文法など基礎を徹底し、約1年の教育で一般の外語大学修了レベルの語学能力を目指します。この目標はとても厳しく、中には悲鳴をあげる学生もいますが、修了時には総合的にバランスの取れた語学力が身に付きます」
人的情報を得るために、外国軍の実情なども教える
高い英語力を持つ幹部を対象にした「幹部上級英語課程」では、英語力の向上を目指して約20週にわたる教育が行われている。教育を担当する久保健斗1等陸尉に、現場での活動を意識しているという教育内容を聞いた。
「より実戦的に、英語を使ってアメリカ軍などと調整するような実際の業務遂行に沿った実習などを行います。そのため、アメリカ軍の文化や軍事思想などを理解するための課目など多岐にわたる教育を行います」と久保1尉。
かつては教壇に立つ教員が講義をする教育が中心だったが、最近は教官の関与は最小限にし、学生中心の学習スタイルも増やしているという。自主性こそが語学を学ぶ学生にとって大切だと久保1尉は話す。
「主体的な学びを促進するため、アクティブラーニングの手法を導入しています。学校卒業後も学生には自学研鑽を続けてもらわねばなりません。モチベーションを保つためにも、語学を修得することの意義を知ってもらいたいと考えています」
学生同士の高め合いが、自分を支えてくれた
幹部上級英語課程で学ぶ阿川智大2等陸尉。もともと英語読解は学んでいたというが、開始当初はアメリカ軍人などとの英会話に苦労したという。
「将来的には海外でも活躍できる自衛官になりたいと考え、希望して入校したのですが、文章は読めても、会話が聞き取れないんです。最初アメリカ人の話をオンラインで聞いて全く理解できず、英語も口から出てこないことに絶望しました」と語る阿川2尉。英語は使わなければ上達しないと努力を重ね、学生同士で互いの着眼点を教え合いリスニングも急速に向上。印象的な授業についても教えてくれた。
「戦史について自分たちで研究したことを、英語でアメリカ軍の方と話し合う演習がありました。その際、事前に学生同士でディベートしながら話す内容を詰めていったときは、いい刺激になりました。一般社会の英会話と違い、軍人同士の会話は作戦の成否にも関わります。約5カ月の教育期間は、濃密で緊張感を持って学べました。今後の自衛官生活に生かしたいと思います」
(MAMOR2021年6月号)
<文/臼井総理 写真/防衛省提供>