センサーやカメラなど機器の進歩により、基地などでの監視の主力は器材に変わりつつあるが、どんな優れたテクノロジーでもかなわない犬の能力を生かした警備は行われている。その基本となる「服従訓練」と、「捜索訓練」の2つを取材した。
「警備犬」誕生の歴史
古代より、人間にとって最も身近で、愛すべき存在である犬が、軍用犬として用いられるようになったのは、第1次世界大戦のドイツ軍からといわれている。警戒や捜索、伝令の任務を担う彼らの活躍は世界に知られるところとなり、旧日本軍でも育成されていた。
自衛隊では航空自衛隊のほかに海上自衛隊が犬を導入。以来、空自・海自では主要な基地に犬が配備されている。1961年に空自が導入した当時は「歩哨犬」と呼ばれ、主な任務は基地の警備だった。夜間、基地内の重要拠点付近に係留配置されて警戒を行っていたため、侵入者への抑止力としての効果も期待されていた。近年では基地内の監視カメラやセンサーなど、警備器材の飛躍的な進歩により、監視の主力は器材が担いつつあるが、最新器材が補えるのは、あくまで犬の番犬としての役割だけだ。
臭いの種類によっては人間の1億倍ともいわれる犬の嗅覚に勝る器材は、現在のテクノロジーでも生み出されていない。そのため、世界中の軍隊が、現在も犬の嗅覚を最大限に生かした基地警備任務……例えば、不審者・爆発物の捜索の訓練に、予算と時間を費やしているのだ。
ヨーロッパなどではその能力を生かした救助犬の歴史は古く、日本でも警察犬による捜索活動などが注目されていたが、2011年の東日本大震災後の捜索活動に海自が自衛隊初となる警備犬を派遣して以降、災害現場で目覚ましい活躍を見せる自衛隊の警備犬にひときわ関心が集まった。
この流れに伴い、歩哨の補助をする犬から、捜索も含め、犬の能力を最大限に生かした運用を表すために、空自では13年に「歩哨犬」から「警備犬」へと名称が変更された。
「万が一」の事態に備えるため、日常的な訓練を繰り返す
現在、日々の訓練としては、犬とハンドラーの信頼関係を構築するための「服従訓練」と、爆発物あるいは被災者などの「捜索訓練」の2つが基本となっている。この2つはいわば訓練の両輪で、どちらが欠けても任務を遂行することは難しい。
「服従訓練」とは、ハンドラーのそばを歩かせる脚側行進や、「待て」、 「伏せ」、「来い」などの基本的な命令に確実に従わせるための訓練だ。取材当日、入間基地を訪れた取材班に、河村伸吾2等空曹とジャーマン・シェパード・ドッグのレオ号が、この「服従訓練」を発展させた「戦闘服従訓練」を見せてくれた。
拳銃を構えた河村2曹の足元にぴったりと寄り添うレオ号の動きは、歩幅、速度、体の向きと、全てが河村2曹の動きにリンクしている。人間と犬の動きがこんなにも流麗で美しいものとは知らなかった。
「停座(おすわり)」、「伏臥(ふせ)」などの命令を経て、隙間の空いた柵の上を歩かせる訓練へ。ハンドラーの静かな号令に、警備犬が目を輝かせながら応えていく。
「見えない人を見つける」警備犬
被災地のがれきを模して造られた訓練場所で、被災者を捜索する「捜索訓練」を見せてくれたのは、ヘリコプターからのホイスト訓練でも活躍した、高原3曹とダンテ号のペア。さほど迷う様子も見せず、がれきの中の小屋に潜んだ行方不明者役の隊員を発見し、ほえて知らせる。その間、わずか10数秒だろうか。
警備犬は「見えない人を見つける」ことを任務としているため、行方不明者の生死にかかわらず、見つければ「成果」として報告する。訓練ではごほうびとしてボールで遊んだり、褒めたりするのが常だが、実任務では決して褒めることはしない。それでも、彼らは自分たちの役割や状況を理解し、黙々と任務を遂行するのだという。
犬たちの訓練のスケジュールは、ハンドラーの裁量に任せられている部分が大きいが、基本的には朝8時半から、休憩を挟んだ数回の訓練の後、15時の食事をもって、1日の任務は終了する。食後の過度な運動は体調を崩す原因となりやすいためだ。国を守るため、日々、「万が一」の事態に備え、訓練を積み重ねつつ万全の体調で待機するのは、犬も人間も同じ。彼らが今後、さらに活動のフィールドを広げ、社会に貢献してくれる存在となってくれることに期待したい。
(MAMOR2021年2月号)
<文/真嶋夏歩 撮影/荒井健>