陸上自衛隊には、オートバイを自由自在に操り山河を駆け巡って情報を集める部隊があります。通称「偵察オート」と呼ばれ、所属する隊員ライダーたちの技量はかなりのハイレベルとのこと。
そこで、それがどの程度なのかを“偵察”しようと、マモルはモトクロス界の女王、2020年レディースクラス年間チャンピオン・川井麻央選手を、相馬原駐屯地第12偵察隊に送り込みました。いざ、勝負!
偵察オート隊員の技に川井選手がチャレンジ!
偵察オート隊員が操縦技術を磨くために行っている訓練に、チャンプ・川井選手に挑んでいただいた。それぞれの技の内容と、偵察オート隊員に判定してもらった難易度(最難度:★3つ)を紹介しよう。
今回のチャレンジは相馬原演習場の一角にある訓練場で実施。第12偵察隊のマークは山猫がモチーフ。『山猫は眠らない』(1993年・アメリカ)という映画のタイトルに由来し、眠らず夜通し情報収集を行うことのある偵察部隊のマークに用いたそう。
バランス能力を鍛える:8の字走行(難易度★)
直径5メートル弱の円が2つ並んだコースを8の字を描くように回る訓練。低速で安定してバイクのバランスを保ちながら走る技術を養うものだ。川井選手のマシンはレース用のため低速での走行には向かないが、クラッチとアクセルをうまく使ってソツなく乗りこなしていた。
「膝でしっかりマシンを挟み、全身でバランスを取るのがコツです。川井選手は基本がしっかりできています」(中里2曹)
地味だが大切な技術:不整地走行(難易度★)
偵察行動では未舗装路だけでなく、獣道や林の中などの険しい地形を走破することも想定され、災害現場などではがれきの中を走る可能性もある。
そんな場合に備えて訓練を行うのが不整地走行だ。荒れた河原のような大小の石が転がる中、バランスを取りながらバイクをコントロールするのは、基礎的だが大切な技術。川井選手は低速トルクのないレース用マシンだが、巧みな操作でクリアしていた。
ここを走れて一人前:林道コース走行(難易度★★)
林道走行は不整地でバイクをきちんとコントロールして走る技術を磨く訓練だ。ここできちんと走れないとさらに険しい地形には進めないため、偵察オート隊員にとっては基本中の基本となる。
普段の訓練ではそれほどスピードを出さないが、川井選手はレーサーだけあって「路面に石がゴロゴロして怖い」と言いながらもハイスピードでコースを駆け抜け、隊員も負けじと食らいついていた。
敵の銃弾をかわす!?:忍者乗り(難易度★★)
車体の片側に身を隠すように乗り、身体の露出を低くして走る技が通称「忍者乗り」だ。偵察を終え、敵の銃弾が飛び交う中で現場から離脱する際などを想定した乗車方法だが、イベント時のオートバイドリル展示で披露される機会が多い。
片側に体重がかかるのでバランスを取るのが難しい。川井選手は当初足の置き場に戸惑っていたが、すぐに要領を会得して隊員と遜色ない走りを披露した。
高度なアクション:ジャックナイフ(難易度★★★)
後輪を持ち上げて静止する高度な技で、駐屯地行事などで行われる「オートバイドリル」(注)で披露される。走行状態からフロントブレーキと体重移動によって後輪を浮かせ、バランスを取る。
「かなり練習を積みました。ドリルでこれができるのは陸自の中でも第12偵察隊だけだと思います。川井選手はすぐにまねしてできるようになったのが驚きでした。しかも前輪を持ち上げたウイリー状態からなので余計すごいです」(飯沼曹長)
(注)「オートバイドリル」とは、駐屯地のイベントなどで展示されるオートバイの公開演習のこと。息のそろった、難度の高い技や乗り方が多数披露される。
勢いと度胸が必要:急坂上り(難易度★★★)
急な坂を一気に駆け上がるテクニックで、別名「ヒルクライム」。道なき道を走ることのある偵察オートには必要な技だ。後輪に体重を残しつつ、前のめりの姿勢を保たなければうまく上がれない。途中で失速すると坂を転げ落ちてしまう危険性があるが、川井選手は勢いを保ちつつ、走行ラインを冷静に見極めて、見事に一発で上がることに成功した。
「アクセルの開けっぷりが見事です」(中里2曹)
障害物を避けて走る:スラローム(難易度★)
約2メートル間隔で立てられたポールの間をジグザグに縫うように走る訓練。ライダーとしての基礎的なバランス感覚と、障害物を避けながら走る技術を習得するのに役立つ。ハンドルだけで曲がろうとするとフラつくので、体全体でバランスを取りながらリズミカルに曲がるのがコツだ。
「川井選手はバランス感覚に優れ、マシン操作が身に付いているので簡単にクリアしていましたね」(中里2曹)
素早く方向を転換:アクセルターン(難易度★★)
車体を大きく倒し、地面に着いた片足を軸にした状態でアクセルを開けてパワーをかけることでわざと後輪をスリップさせ、その場でクルリと回転する技術。敵と遭遇して急いで進路を変える際や、狭い場所での素早いUターンなどで必要になる。
クルクルと回り続ける隊員に対し、初挑戦の川井選手は思い切ってアクセルを開け続けることをためらってしまい、途切れ途切れの回転となってしまった
高い機動性の象徴:ジャンプ(難易度★★)
オートバイドリルなどでバイクの高い機動性を証明する演目として定番だが、障害物を乗り越えたり、小さな川を飛び越えるなど、有事の際にも役立つ技術といえる。
モトクロスでは山のように盛り上げられたコースをジャンプで越えるのは当たり前なので、川井選手は手慣れた様子。偵察隊はマシンが重いためかなり不利な状態だったが、負けじと大きく安定した姿勢のジャンプを披露した
災害派遣でも役立つ:階段下り(難易度★★)
偵察行動ではあらゆる地形を走破することが求められるほか、災害派遣でも想定されるのが階段での走行だ。訓練では上り下りを練習するが、今回は下りに挑戦。前転を防ぐため大きく腰を引いてバランスを取り、リアブレーキでスピードを制御する必要がある。
「動きがゆっくりですが坂を下るときの基本動作はモトクロスと変わらないので、ごく自然にクリアすることができました」(川井選手)
派手なだけじゃない:ウイリー走行(難易度★★★)
前輪をポン、と上げるのがフロントアップ。その状態で走り続けるのをウイリー走行と呼ぶ。駐屯地祭などで行われるデモ走行やオートバイドリルの演目の定番だが、自在にフロントアップができれば障害物などを乗り越える際に有利だ。
また、マシンと一体化し、手足のように扱う高度なバランス感覚が必要だが、パワーのあるモトクロスバイクに乗る川井選手は難なくクリアしていた。
【プロモトクロスレーサー 川井麻央選手】
2002年7月生まれ、埼玉県出身。3歳で初めてバイクに乗り、4歳からモトクロスを始める。小学生時代から数々の大会で優勝し、14年から全日本モトクロス選手権に参戦。20年にはレディースクラス年間チャンピオンに輝いた。T.E.SPORT所属、使用マシンはホンダCRF150R
「自衛隊にバイク部隊があるなんて知りませんでしたが、皆さん高度なテクニックを持っているのに驚きました。レースと全く違うライディングの連続で戸惑いもありましたが、モトクロスチャンピオンの意地にかけて頑張りました!」
【第12偵察隊 飯沼裕慧 陸曹長】
2014年入隊。偵察オート歴は5年。7~18歳まで自転車トライアル競技に取り組み、全日本チャンピオンに輝いた実績も。
「モトクロスは速さを競うスポーツだけあって、川井選手のスピードにはかないませんでした。私が練習を重ねて習得した『ジャックナイフ』を、初めての挑戦でいとも簡単に成功させたのはすごい。でもちょっと悔しかったです!」
【第12偵察隊 中里成昭 2等陸曹】
1994年入隊。斥候員・斥候陸曹を経て2017年より現職。14年間、偵察オート隊員を養成する教官を務める。
「川井選手はとにかく飲み込みが早く、バイクを扱うセンスが抜群ですね。忍者乗りやジャックナイフなど、初めてのアクロバティックな技もすぐにコツをつかんでできるようになったのには驚きです。さすがはチャンピオンですね!」
(MAMOR2021年8月号)
<文/野岸泰之 撮影/楠堂亜希>