戦後日本の国家方針吉田ドクトリンとは?
1946年、内閣総理大臣に就任した吉田茂。首相として防衛大学校の創設に関わった(写真/Wikimedia Commons)
冷戦期の自衛隊について解説をしていきますが、まずは防衛力整備の問題を取り上げたいと思います。これに関しては日本の財政との関係が重要なポイントですが、その背景として「吉田ドクトリン」についても知っておく必要があるでしょう。
吉田ドクトリンとは、戦後の約10年間、首相、外相を務め、講和交渉に当たった吉田茂の政治外交方針を、後に高坂正堯、永井要之助ら保守系の国際政治学者が「戦後日本の外交戦略の基本枠組み」として評価した見方であり、「経済中心主義、軽武装、日米安保という3本柱」がその本質とされています。
すなわち、軍事(防衛力整備)には過度に投資せず、経済復興を優先し、安全保障はアメリカに期待するという考え方ですが、これは結果的に、防衛力整備の大枠を財政重視の斬新的な整備という形で方向づけることとなったのでした。
財政上の考慮を最優先した防衛力整備計画
さて、「防衛計画の大綱」(注1)以前の防衛力整備計画(注2)については、1次防から4次防がよく知られていますが、実はこれ以前の保安庁時代にも、部外に公表していない庁内だけの計画である「制度調査報告」という長期計画が存在していました。
(注1)日本における防衛力装備の基本的指針。1976年に初めて「防衛計画の大綱」が策定されて以来、これまでに計6回策定されている。現在は、2022年12月に「国家防衛戦略」として改訂され、それまでの「中期防衛力整備計画」が「防衛力整備計画」に代わっている。
(注2)1957年6月に整備されたのは、「第1次防衛力整備計画(1次防)」という。第2次世界大戦後初めての、日本における自衛隊の長期的な防衛力整備計画。
これについて防衛研究所の中島信吾氏は、後の防衛力整備計画にも踏襲される「財政の大枠を設定し、そこから5年ないしは6年の間に整備可能な内容を組み立てる」という方針がうかがえると指摘しています。
そして防衛庁・自衛隊の発足後、1957年5月に「国防の基本方針」(注3)が策定されて「効率的な防衛力を斬新的に整備」とされたことを受け、同年6月、1次防が策定されます。
(注3)国防の目的は、「直接および間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある」とし、この目的を達成するための基本方針として4項目を定めている。
中京大学の佐道明広氏はこれについて、「国防の基本方針」ともども「くどいほど財政面への配慮」を強調したものと評しており、これも「制度調査報告」と同じく財政上の考慮を最優先した計画であったことがうかがえるところです。
世論の反発を呼んだ中曽根構想と4次防
防衛庁長官時代に「新防衛力整備計画」を立てた中曽根康弘氏。世論の反発で計画は頓挫した(写真/首相官邸ホームページ)
その後、61年7月に2次防、66年11月に3次防が策定されますが、こうした傾向は基本的に変わりませんでした。
その後、70年1月に中曽根康弘防衛庁長官が就任し、「新防衛力整備計画」(中曽根構想)を巡る問題が生じました。
これは従来の財政重視の方針を転換し、所要の防衛力をおおむね10年後までに整備するという意欲的な構想でしたが、あまりにも予算規模が大きいという印象が世論の反発を呼んだほか、国外でもこれを軍国主義の復活と批判する国が現れるなどしたため、71年7月の中曽根長官の退任後、頓挫してしまいます。
その後、改めて策定された4次防は、基本的に3次防までの考え方を踏襲したものとなりました。そしてこの中曽根構想を巡る一連の問題が「平和時の防衛力」議論の契機となり、後には「防衛計画の大綱」、「基盤的防衛力構想」(注4)策定へと展開していくのですが、この点については次講に解説したいと思います。
(注4)1976年の「防衛計画の大綱」で示された、防衛力整備に関する基本概念。日本が周辺地域の不安定要因とならないよう、独立国として必要最小限の防衛力(防衛上必要な機能を備え、平時は十分な警戒態勢をとり、情勢の変化に応じて新たな態勢に円滑に移行できるよう配慮された防衛力)を保有する、という考え方。
なお、この4次防は、73年10月の第4次中東戦争(注5)を契機としたオイルショックによる物価高騰などのため、多くの積み残しを生じ、惨憺たる結果に終わってしまうこととなりました。
(注5)イスラエルとエジプト・シリアをはじめとするアラブ諸国との戦争。その間に行われた石油輸出国機構による原油価格の引き上げが、第1次オイルショックを招き、日本も物価が急騰し、経済混乱に陥った。
【元防衛大学校 防衛学教育学群 准教授 相澤輝昭】
海上自衛官として掃海艦『はちじょう』の艦長などを務め、退官後は、外務省アジア大洋州局地域政策課専門員、笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員を歴任。2020年より防衛大学校 防衛学教育学群 准教授で、専門は自衛隊史など
(MAMOR2026年3月号)
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●本稿は著者の個人の見解です
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです
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