度重なる自然災害に遭いながらも、世界が驚く復興を遂げる日本。復興力の高さの要因の1つが、職人の高い技術力だ。熊本城と首里城の復旧を例に、日本が誇る復興技術を紹介しよう。
石の表情を見て元通りの復興を目指す熊本城

地震により櫓や石垣など多くの建造物が崩落した熊本城の宇土櫓と石垣 写真提供/熊本市
日本はなぜ復興力が高いのか? その秘密の1つが、職人の高い技術力にあるとマモルは考えた。そこで災害からの復興で職人の力が大いに発揮されている熊本城と首里城に注目した。

2019年には石垣や天守の修復が進み一般公開が可能な状態に。42年の完全復興を目指し、作業は続く 写真提供/熊本城総合事務所
2016年4月に発生した熊本地震では、象徴といえる熊本城の13棟ある重要文化財が全て被災するなど甚大な被害が発生。
熊本市は35年がかりの復興計画を掲げて修復を進めているが、最も被害が大きかったのが石垣。全体の約3割に当たる約7~10万個もの石を積み直す必要があった。
文化財である城の石垣の修復は原則、全ての石を元の場所に配置し直す必要がある。そのため復旧作業は被災状況と震災前の写真を比べ、石の種類や積み方を検証。現場に残る石と照らし合わせながら積み直している。
戦国時代から続く伝説の石積みの匠“穴太衆”

野面積は、自然石とこれを支える「とも介石」を積み、隙間に「胴介石」を挟んで安定させる。内側に「ぐり石」と呼ばれる小石を敷き詰めて崩れにくい石垣になる 図版/粟田建設提供資料を元に編集部で作成
日本には、城や寺社の石垣づくりを専門とする“穴太衆”と呼ばれる職人集団がいる。
穴太衆は「野面積」という自然の石を組み上げる石工術を得意とし、一見すると無秩序に積まれたように見える石垣も、石同士の比重のかけ方や組み合わせに秘伝の技が潜み、地震に耐える強度や豪雨対策として排水の工夫も備わっている。
社寺・公園などの石垣修復工事を手掛ける株式会社粟田建設、15代目頭の粟田純徳氏。今では同社のみが穴太衆の技術と伝統を継承している 写真提供/粟田建設
この技術を現代に継承するのが、滋賀県大津市に拠点を構えている「粟田建設」だ。
地震で倒壊した熊本城の石垣も元々は戦国時代に穴太衆が築いたもの。復興のための調査活動などに同社は携わっている。
代表であり第15代目穴太衆頭として石工を率いる粟田純徳氏は、城の石垣の復旧や穴太衆の石積み技術についてこう話してくれた。

穴太衆の石積み技術は全て口伝。石をどう積むか、石選びで仕事の8割は終わるといわれるほど重要な作業だ 写真提供/粟田建設
「石垣の構造は軍事機密のため、穴太衆の技は書面ではなく口伝で受け継がれてきました。今も現場を見て、山へ行き石を選ぶ。石積みの仕事の8割がこの石選びといわれるほど、重要な作業です。
石を見る目を養い、石と石を重ねていく。『石の声を聴く』感覚を大切に私たちは修行を続けています」
穴太衆が主人公の直木賞受賞作『塞王の楯』著者・今村翔吾氏が語る“守る強さと勇気”
1984年、京都府出身。ダンス教師、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て作家に。著作は『八本目の槍』(新潮社刊)、『イクサガミ 神』(講談社刊)など 写真提供/今村翔吾事務所
「安土桃山時代に、城の石垣作りを通して『守るとは何か?』を考え続ける主人公を描きました。
石垣を積む技は人を守り泰平を築く技です。そして石垣を作る場所は戦場の最前線です。
兵士ではない職人たちが矢や銃弾が飛び交う危険な場所に身をさらし、恐怖に負けず人々を守り続ける精神力は、戦う勇気と同じくらい強い。
作品を描くにあたり穴太衆の皆さんも取材しました。技術を教え受け継ぐこと、危険だからこそ安全に配慮し準備を徹底することなど『時代を超えて受け継いでいく』思いもこの作品に込めています」
伝統技術の継承も目的に若い職人を育成する首里城の復興

約11時間にわたり燃え続け、9施設や工芸品などが焼失した19年10月の首里城火災 写真提供/沖縄県
復興を支える技術をどう受け継いでいくか? 技術の伝承や人材の育成は重要な課題だ。
この課題と向き合っているのが、2019年10月31日未明の火災で「正殿」をはじめ多数の建物と貴重な収蔵品が焼失した沖縄・首里城の復興。

首里城の復元は22年から始動。防火シャッターやスプリンクラーの設置、防火水槽の増設など各種対策も強化し、復旧作業が進められている 写真提供/沖縄県
現在、26年秋の完成を目指し正殿の再建が進められているが、首里城の復興作業は、漆塗りの彩色や金具やくぎを使わずに木材を加工して組み合わせる木工などの伝統技術を伝える「継承の復興」を掲げている。

正殿外観の復元は2025年8月に完了。10月より廊下部分の復元作業が開始予定で、26年秋ごろの完成を目指している。その後は、北殿や南殿の復元が始まる 写真提供/清水建設
これは過去の復元に携わった職人から若い職人へ技術を伝え、後の時代に同様の被害が生じた際も復興を担う人材が育っていることが目的だ。
技を次世代へ。このように連綿と受け継がれている職人の技術力が、日本の復興力の秘密の1つなのは間違いないだろう。
(MAMOR2025年11月号)
<文/臼井総理>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです


