•  海上自衛隊の潜水艦救難艦『ちよだ』は自力で浮上できなくなった潜水艦からどのようにして乗員を救い出すのだろうか。

     最新の装備品を巧みに使いこなし、さらには過酷な訓練を重ねてきた隊員の力によって、初めて可能になる救出の一連の流れを紹介する。

    STEP1:各種ソナーを使って遭難潜水艦を捜し出し、ハッチの位置などを確認

    画像: スキャニングソナーによる遭難潜水艦の捜索。モニターに映し出された赤い部分は、反響音の感度の強さを示している。上部にある小さな赤い塊が潜水艦かも?

    スキャニングソナーによる遭難潜水艦の捜索。モニターに映し出された赤い部分は、反響音の感度の強さを示している。上部にある小さな赤い塊が潜水艦かも?

     まずは遭難した潜水艦の位置を特定する。

     護衛艦などが搭載しているソナーは、潜水艦のプロペラ音などをキャッチするものだが、沈んだ潜水艦は機関が停止し音を発しないこともある。そのため『ちよだ』のソナーは、こちら側から音を発して対象に当て、跳ね返ってきた音で位置を把握する2種類のアクティブソナーを使い分ける。

     捜索海域を特定できていない場合は、超音波を水中に通して通話する無線通信である水中電話を使用して水中に呼びかけるとともに、『ちよだ』直下の海中360度全方向に超音波を発射してスキャンする「スキャニングソナー」で全周捜索を行う。

     それにより遭難海域が分かってくると、次に「マルチビームソナー」を使用。これは音波を特定の方向に向けて集中して発射する音響ビームを複数発射する測探装置で、スキャニングソナーでは把握できない海底の状況も見えてくるので、遭難潜水艦の位置を精査していく。

     このマルチビームソナーは、潜水艦救難艦以外では海洋観測艦掃海艇が所有している。

    STEP2:ROVを使って、潜水艦のハッチまわりの障害物を取り除く

    画像: STEP2:ROVを使って、潜水艦のハッチまわりの障害物を取り除く

     潜水艦の位置を特定できたら救出に向かうのだが、実際の遭難潜水艦がどのような状態にあるかは現場に行ってみるまで分からない。

     そのため最初に深度2000メートルまで潜航できるROV(無人で深海を探査する遠隔操作無人探索装置のこと)を発進させる。

     艦上に格納されているROVは、出動時には海面下10メートルまで沈めて架台から切り離す。『ちよだ』とは電力などを供給できるケーブルでつながれており、長時間の作業が可能だ。

    除去したいものが大きければ、マニピュレータを用いて対象物に揚収用のベルトを装着し、『ちよだ』から降ろしてもらったフック付き引き上げ用ロープをベルトに掛け、『ちよだ』のウインチで引き上げる。除去したいものが小さければ、マニピュレータを用いてROVの下方に付いているバスケットに入れて持ち帰る

     遭難現場まで到達したROVは、搭載したカメラを通じて潜水艦の状況をチェック。また2本あるマニピュレータ(作業用アーム)を使い、この後、潜航するDSRV(深海救難艇のこと)をドッキングさせるために、潜水艦のハッチまわりの障害物などを排除する。

     マニピュレータは1本で約450キログラムまで持ち上げられるほか、アームに装着したカメラで手元の細かい状況を知らせることができる。また先端は、障害物に絡みついたネットなどを切断するためにハサミに付け替えることも可能だ。

    STEP3:PTCを用いて飽和潜水員が潜り、潜水艦に延命措置を施す

    PTCは、潜水艦救難艦から深海まで飽和潜水員を運ぶ、直径約2メートル、高さ約3メートルの円筒形のカプセルで、PTC長と呼ばれるリーダー1人と飽和潜水員2人の3人が乗り込む

     潜水艦の救難作業には時間がかかる。その間、潜水艦内に空気を送って乗員の延命措置を行ったり、ROVでは排除しきれなかった細かい障害物を取り除くためには、人が直接現場まで行かなければならない。

     水中では10メートル潜るごとに1気圧ずつ水圧が加わってくる。地上が1気圧だから水深100メートルでは11気圧、つまり地上に比べ11倍もの圧力がかかることになる。そのため深海での作業は、水圧に耐える特殊な潜水技術を持つ飽和潜水員が行う。

     飽和潜水員は艦上の減圧(再圧)タンクで体を水中と同じ加圧状態に慣らした後、スーツの内部に温水を送る温水服を着用し、緊急時用のボンベなどを装着して水中昇降室、「PTC」に乗って潜水艦が存在する推定深度付近まで潜水する。

    画像: PTCで潜水艦の近くまで潜ったら、飽和潜水員は深海に出て飽和潜水を開始し、作業にあたる

    PTCで潜水艦の近くまで潜ったら、飽和潜水員は深海に出て飽和潜水を開始し、作業にあたる

     遭難現場に到着した飽和潜水員は、PTCから降りて、障害除去の作業を行った後、潜水艦に乗員の延命措置のための吸気用、排気用、潜水艦の浮上に必要な高圧空気を送る充気用の3つの救難ホースを装着する。

     沈没した潜水艦が斜めの状態で着底している場合は、ROVの作業やDSRVのドッキングなどができないこともあるので、飽和潜水員がそれらの装置がうまく稼働できるよう現場を整えなければならないが、飽和潜水員が深海で作業できるのは4時間まで。時間との闘いになる。

     なお飽和潜水では、空気の代わりにヘリウムガスを呼吸用に使用するため、特有の甲高い声になり、コミュニケーションをとるのが難しくなるという。

    STEP4:DSRVが潜水艦まで航行し乗員を救助する

    画像: DSRVの下部にあるハッチと潜水艦の出入り口をドッキングさせ、潜水艦の乗員をDSRVに収容して救助する

    DSRVの下部にあるハッチと潜水艦の出入り口をドッキングさせ、潜水艦の乗員をDSRVに収容して救助する

     遭難潜水艦に生存者がいると分かった場合、DSRVで救出に向かう。これは深海まで潜航できる俵形をした深海救難艇で、正副2人の操縦者の操作で潜航。時速約7・4キロメートルの水中速力で5時間航続できる。

     艇体の下部にハッチがあり、ここを遭難潜水艦の出入り口とドッキングさせ、乗員を収容する。1回の潜航で最大16人まで収容・救出できるが、艇内はかなり狭く、収容者は折り重なるようにして乗艇することになる。

    画像: 現『ちよだ』に搭載されている3号艇は、円筒形の空間が操縦室、救難室、機器室の3つに仕切られている

    現『ちよだ』に搭載されている3号艇は、円筒形の空間が操縦室、救難室、機器室の3つに仕切られている

    『ちよだ』のDSRVは海自では3台目で、先代『ちよだ』に1号艇(退役)、現役では『ちはや』に2号艇、『ちよだ』に3号艇が積載されている。

     3号艇はリチウムイオン電池を電源としているため、充電速度が速い。また艇体内部が、球形の部屋が3つ連なった2号艇と違って円筒形のため、内部空間が広くなっている。

    脱出用スーツは内側に海水が入らない構造となっているため、低体温症になりにくい。また浮上する際、浮上フード(頭部から胸部を覆っている部分)に調整された空気が供給されるため、呼吸ができる。ただし、深度が深すぎるとスーツは使用できず、着用できる深度であっても急浮上することで潜水病になるリスクは高い

     なお、潜水艦から乗員を救出するにはDSRVしかなく、潜水艦の傾きによってDSRVがドッキングできないなど、それが困難なときの最終手段としては、乗員が自ら脱出用スーツ(着用者の全身を包み込み、海水にさらされることなく浮上が可能)を着て、潜水艦の上部甲板にある脱出塔を開けて脱出し、自力で海面まで浮かんでくるしかないそうだ。

    STEP5:潜水艦救難艦に戻り、必要に応じて医療設備を用いて応急手術を行う

    画像: 手術室には手術台が2台設けられている。耳鼻咽喉科器や小外科器セットもあるため、さまざまな傷病に対応が可能だ

    手術室には手術台が2台設けられている。耳鼻咽喉科器や小外科器セットもあるため、さまざまな傷病に対応が可能だ

     深海から救出された遭難潜水艦の乗員は、急浮上したことで潜水病を引き起こすことがあるので艦上減圧(再圧)タンクに入り、体の状態を調整する。

     また『ちよだ』には、負傷している救助者や潜水作業などで各種の症状を引き起こした隊員のため、充実した医療設備がある。

     医務室は診療室、手術室、2つの寝室で構成され、その床面積は120・7平方メートルと、大型の輸送艦とほぼ同じである。

     医官は常時乗艦していないが、人工呼吸器、電気メス、2台のメディカルモニター、麻酔器などを装備しているため、医官が乗艦している場合は簡単な手術を行うことができる。

     ベッドは第1寝室と第2寝室合わせて10床。医務室に入る前に汚染や出血が多い傷者をシャワーで洗うことができる洗浄室や、飛行甲板とつながるエレベーターもあり、緊急の場合はここからストレッチャーごと患者を甲板へ運び、ヘリコプターで病院へ搬送することができる。

    「海上保安官らとミーティングを開くなど、新しい知識を取り入れるよう努めています」と、『ちよだ』衛生員長の坂本3等海曹は話す。

    (MAMOR2025年11月号)

    <文/古里学 イラスト/ナーブエイト 写真提供/防衛省>

    サブマリナーを救出せよ!

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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