普段は社会人や学生として生活しながら、年間に定められた日数の訓練に臨み、有事には招集に応じて出頭し、自衛官として活動する「予備自衛官」。
予備自は、有事に備えた訓練のみならず、災害派遣の現場においても活躍している。
2011年の東日本大震災における、初の予備自の災害招集をはじめとする、即応予備自と予備自が参加した災害派遣の実例を振り返る。
初の災害招集は東日本大震災

大規模災害時には、予備自も招集され、部隊に編成される。被災者捜索や物資の輸送など、自衛官と同じく災害派遣に従事
2002年、予備自制度に有事の防衛招集だけではなく「災害招集任務」が制度化された。以降しばらくの間、予備自の災害派遣による招集は行われなかったが、11年の東日本大震災において、はじめて即応予備自および予備自が招集された。
派遣されたのは、即応予備自が延べ2179人、予備自が陸・海・空の各自衛隊を合わせて延べ469人である。
即応予備自は、あらかじめ指定された陸上自衛隊の部隊の一員として、主に被害の大きかった岩手、宮城、福島3県の沿岸部に派遣され、行方不明者の捜索、給水や入浴の支援、物資の輸送など、被災者支援に従事した。
一方、予備自は、医療支援、アメリカ軍との救援活動における通訳、駐屯地における後方業務など、専門的な技能を生かした任務を担った。
ピーク時には10万人を超える自衛隊員が動員された、史上最大規模の災害派遣において、即応予備自および予備自の活動は、その一翼を担ったのである。
能登半島にも予備自が動員

地震発生直後、悪路の中、救援物資を被災地に運ぶ予備自ら。いち早く現地に支援を行うためには、予備自の力が必要だ
予備自が参加した災害派遣で記憶に新しいのは、2024年1月1日に発生した能登半島地震における災害派遣だ。この地震は、マグニチュード7・6を記録し、甚大な被害をもたらした。この被災地支援活動においても、即応予備自、予備自が招集され現地で活動した。

能登半島地震では、芸人・ちっぴぃちゃんズも現地に。被災者に物資を提供した
即応予備自約180人は、被災地での物資輸送にあたる一方、予備自約20人は、医師・看護師の資格を有する隊員が招集され、石川県内の避難所や被災家屋を巡回し、診療を行うなど、被災者に寄り添った支援を展開。
現地の医療機関が被災し、医療資源が限られる中、避難所では高齢者や持病のある人への対応が求められ、専門的な知識と現場での柔軟な判断力が発揮された。

予備自は到着した支援物資の管理や配布などの支援活動も行う。限られた物資を効率的に使用するのも彼ら・彼女らの役目だ
特筆すべきは、招集に応じた即応予備自のうちの21人、そして予備自のうち16人が「予備自補」出身である点だ。
これらの隊員は自衛隊経験を持たない民間から登用された人々であり、民間人から予備自になって被災地で貢献するという新しい形として注目されるきっかけともなった。
制度創設からの育成が実を結び、実際の災害現場で活躍する姿が確認されたのは、大きな意義があるといえるだろう。
過去8回の派遣実績。予備自も大きな力に

避難所に救援物資を運び込む予備自たち。水や食料など、被災者の命と生活環境に不可欠な物資を迅速に供給する
即応予備自および予備自は、東日本大震災をはじめ、これまでに計8回(注)の災害招集を受け、現役自衛官とともに被災地での活動に従事してきた。
東日本大震災以降では、即応予備自が招集された災害として、2016年の「熊本地震」、18年の広島、岡山、愛媛各県を襲った「7月豪雨」、さらには18年の「北海道胆振東部地震」が挙げられる。
避難所での生活などについて、被災者からヒアリングする予備自。被災者への心のケアも行う
即応予備自、予備自ともに招集された例である19年の「東日本台風」(台風19号)では関東・東北地方1都10県で活動したほか、20年の熊本、鹿児島など南九州を中心に襲った「7月豪雨」、そして先に取り上げた24年の能登半島地震がある。
医師や看護師の資格を持つ予備自が被災者の診察を行うことも
また、特殊なケースとして、20年初頭の新型コロナウイルス感染拡大時にも災害派遣が行われた。2月から3月にかけて、医師・看護師の資格を持つ予備自が招集され、自衛隊病院などで任務にあたった。
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号への生活支援や消毒、医療提供が行われた。また、自衛隊中央病院で受け入れた外国人患者に対応するため、外国語能力を持つ予備自が通訳として活動するなど、予備自の力が災害派遣で重要な役割を果たしている。
(注)2025年6月6日現在
(MAMOR2025年8月号)
<文/臼井総理 写真提供/防衛省>
ー楽しい予備活入門ー
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです


