海上自衛隊の主力装備・艦艇を動かす艦艇乗りには、世界共通ともいえる大切な心構えがある。
それが、「シーマンシップ」と呼ばれるものだ。よく「海の武士道」などとも表されるシーマンシップだが、本当の意味は何なのか。そして、シーマンシップが与える影響とは何か。
海軍の歴史に精通する識者に聞いた。
シーマンシップとは船乗りの技能と心構え
石原敬浩氏/元海上自衛官。海自幹部学校戦略研究室にて戦略論や作戦術などの教官を務めた。2024年11月に退職し、現在は同校の部外講師を務める
「シーマンシップ」とは、軍艦・護衛艦といった艦艇乗りだけではなく、船乗り一般に通じる「基礎的な要素」のことだ。辞書的な意味としては、第1に船舶の操船術、操艦術。第2に船乗りとしての心構えやマナー、倫理である。
海上自衛隊OBで、海自幹部学校教官などを歴任した石原敬浩氏はこう語る。
「シーマンシップとは、そもそも船乗りとしての実務的、技術的素養のことを指します。具体的には、船を安全に、そして適切に操るための知識や技能、判断力などの総称であり、実務的な能力を指すものです」
例えば、自分の船がどこにいるのかを常に把握すること。風や潮の流れ、星を読み、磯のにおいで陸地に接近していることに気付く、というようなもの。
「船乗りとして一番恥ずかしいのは、座礁することです」と石原氏が強調するように、安全に航行することこそがシーマンシップの要なのだ。

海上自衛隊の幹部自衛官として必要な資質を育成するための航海実習である「遠洋練習航海」にて、教官から指導を受けながら、船乗りとしての心構えを身に付ける未来の幹部(右)
加えて、次のように語る。「シーマンシップは、国際的な海上衝突予防法の基盤にもなっています。衝突しないための船の航行ルールや避航措置の取り方など、実際の法律や国際条約にも深く関わっているんですよ」。
船乗りの世界には「グッドシーマンシップ」、すなわち「普通の船乗りなら知っているはずの知識、経験、慣行」という用語もあり、船舶の衝突予防には必要不可欠とされている。「海上衝突予防法」などの法律にも、この精神が反映されているという。
これらの知識や技能に加え、危機における対応や人命尊重など、船乗りとして「適切な行動を実践する」ことを総合して「シーマンシップ」というのが一般的だ。
「スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り」

「遠洋練習航海」にて、ロープを使った甲板作業を行う未来の幹部たち。仲間と力を合わせて「船乗り精神」を体得していく
「“スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り”というのは、旧日本海軍から連綿と引き継がれている『船乗り精神』を表した標語です」と石原氏。
旧日本海軍の太田質平大佐(当時)が作ったものとされ、昭和初期から現代に至るまで、日本の艦艇乗りに広く伝わる有名な標語である。
環境、状況がめまぐるしく変化する船乗りの世界にあって、必要な心構えを表現したものとして、海上自衛隊の幹部候補生学校などでも掲げられており、船に乗り組む海上勤務ではもちろん、陸上勤務や学校教育、日常生活においても用いられる心構えとして広く知られている。
「スマート」は、頭の回転が早く、洗練されていて、さっそうとしている、機敏であり、ムダもなく、形式にとらわれない、ユーモアがあり明るい……などの感覚を一言でまとめたもの。
「目先が利く」とは、一歩先を見ている、視野が広い、気配りができる、などのこと。
「几帳面」は、整理整頓はもちろん、確実に物事を行い、責任感を持つなど、物心両面で準備が整っていることを表す。
そして最後の「負けじ魂」は、苦しく困難な状況にあっても任務を投げ出さないこと、最後まで全力で努力しようとする気持ちを表している。
海の武士道とたたえられた駆逐艦『雷』の工藤艦長
駆逐艦『雷』の艦上に座る工藤俊作艦長。堂々とした体格だったが、性格はおおらかで温和だったため、艦内は常にアットホームな雰囲気だったという 出典/ Wikimedia Commons
石原氏は「シーマンシップは、船を安全に運用する知識や技術にとどまらず、旧日本海軍では“海の武士道”ともいえる精神性へと昇華され、その代表例が駆逐艦『雷』の工藤艦長の話」だという。
1942年、インドネシアのスラバヤ沖で生起した海戦の後、駆逐艦『雷』の工藤俊作艦長は、敵潜水艦の攻撃の脅威がまだ残る戦闘海域で停船し、艦を撃沈され海を漂流していたイギリス兵422人を救助した。その数は、自艦の乗組員数をはるかに上回っていたそう。
そればかりか、彼らを「帝国海軍の名誉ある賓客」として厚遇し、食料や衣服を提供し、もてなしたという。そして救われたイギリス兵たちは、感謝をすると同時に、「日本人の持つ武士道を実践したものだ」と感嘆したといわれている。
この『雷』の例に限らず、駆逐艦『雪風』をはじめとする旧日本海軍の艦艇の乗組員たちが、1人でも多くの命を救おうとしたこと。それは、敵味方を超えた人間への敬意を示すものであり、シーマンシップに根ざした日本独自の「海の武士道」の体現といえるだろう。
(MAMOR2025年9月号)
<文/臼井総理 写真/編集部(石原氏) 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです