太平洋戦争を戦い抜き、多くの命を救った旧日本海軍の駆逐艦『雪風』。実話を基に製作された映画『雪風 YUKIKAZE』が、戦後80年となる2025年8月に公開した。
ところで、国を守る軍艦の乗組員は、それぞれどんな任務を与えられていたのだろう。
玉木宏さん演じる「先任伍長」をはじめ、『雪風 YUKIKAZE』の主要キャストの、艦上での任務について、海上自衛隊の護衛艦『やまぎり』で映画と同様の役職に就く自衛隊員に教えてもらった。
なお、旧日本海軍とは役職の名称や役割が違う点もあるので注意してほしい。
先任伍長:現場隊員の代表として艦長を補佐し、幹部との業務調整を行う

荒っぽい駆逐艦乗りたちの兄貴分、先任伍長・早瀬幸平を演じる玉木宏さん ©2025 Yukikaze Partners.
先任伍長は、艦内でも特別な役職だ。ほとんどの場合、ベテランの海曹長が就き、曹士たちの代表として艦長を補佐し、艦内の調整ごとや乗組員の規律、風紀維持などを担う。
「先任伍長の仕事は、ひと言でいえば『艦長がつくりたい艦をつくるサポートをする』ことです。艦全体を見ながら、各パートを結び付け、情報共有がきちんとでき、人間関係が円滑になるようにします。
個々の乗組員への声掛けはもちろん、時にはプライベートな相談に乗ることもあるため、艦内では幹部以外の乗員では私だけ、個室(先任伍長室)が与えられています」と、その仕事について説明するのは、先任伍長の樫原海曹長だ。
「仕事で何かが大変ということは特にありません。先任伍長の仕事はこれ、と具体的に決まっているわけでもなく、実際には人と人とをつなぐことが多いですね」
樫原曹長の座右の銘は「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。先任伍長を務めるのは『やまぎり』が2艦目というベテランだ
仕事場は艦内全般にわたり、乗員の心情把握、レクリエーションなど士気高揚のための活動、休みの調整といった細かい点にまで及ぶという。
「普段から乗員の顔色を見て、声を掛けます。曹士はもちろんですが、若手幹部にも積極的に声を掛けて、お手伝いできることがあればサポートしています。誰と接する際にも、特定の人物に肩入れすることなくフラットに接することを心掛けていますね。
答えが明確でない事柄も多く扱うため、常に艦にとっての最適解を考えることに、やりがいを感じます。どの艦の先任伍長も、海自の中で一番の艦にしたい! と思っているはずです。もちろん私も『やまぎり』が海自一のいい艦になるように努力を続けていきます」
航海長(旧日本海軍の役職名は「航海」):艦の運航安全に責任を持ち、航海計画作成や操艦も行う

絶えず冷静沈着に艦長の操艦の右腕を務める航海長・中川義人を演じる三浦誠己さん ©2025 Yukikaze Partners.
航海科は、航海計画の作成を行うとともに、副長(艦長を補佐する副艦長)を補佐して艦の予定を策定したり、教育訓練の計画を練ったりするのが任務。
旧日本海軍時代よりもレーダーや通信手段などが発達していることもあり、所掌範囲は狭くなっているが、それだけに、より航海についての専門家としての活躍が求められる。
「航海安全に責任を持つのは自分という自覚を常に持つようにしていると語る中根1尉。座右の銘は「慣れた航路も初航路」
「航海長は、出港中は航海指揮官として艦橋に立つほか、戦闘時においては操艦するのが役割です。艦長と上級司令部の意をくんだ航海計画の作成や、臨機応変な計画変更、調整にはいつも気を配っています」と語るのは、航海長の中根1等海尉。航海長ならではの話として、次のことを教えてくれた。
「実は艦ごとに面舵(進行方向に対して右にかじをきる)が利きにくいなどの『くせ』があるんです。溺者救助訓練など低速で走っているときによく出ますね」
機関長(旧日本海軍の役職名は「機関」):エンジンなどの機器を動かし、真水や電気の管理も行う

実直な人柄と的確な判断で艦長の操艦に応える機関長・藤井道郎を演じる川口貴弘さん ©2025 Yukikaze Partners.
機関科の役割は、今も昔も「機関」の全能力をきちんと発揮できるようにすること。機関長は部下を指揮し、エンジン(主機)をはじめとする機器類を動かして、燃料や潤滑油、真水を管理し、艦内に電気を行き渡らせる仕事だ。
「機関科の仕事は、艦のインフラを回すこと。きちんと動いているのが当たり前、という状態を維持することです。普段の運用、管理はもちろん、何か故障などが起きたときには素早く修復し、艦が全力を発揮できるようにします」と語る、機関長の江戸1等海尉。
座右の銘は「継続は力なり」だという江戸1尉。機関長は艦の中心付近にある「操縦室兼応急指揮所」で勤務することが多い
旧日本海軍時代に比べ、最新技術が取り入れられて機械類は省人化が進んでいるが、機関の全能力を発揮するという仕事の重要性は変わらないという。
「艦の航行を止めず、明かりを消さず、艦を浸水させたり傾けたりしないことを心掛けて、日々の任務に取り組んでいます」
補給長(旧日本海軍の役職名は「主計」):経費、給食、福利厚生、人事についても扱うマルチな仕事

卓越した事務能力で乗員たちの生活を支える主計長・佐藤捨造を演じる中林大樹さん ©2025 Yukikaze Partners.
「補給長の任務で一番大変なのは、多種多様な情報から公平、公正性のある人事会議資料を全乗員分作成することです。この資料を基に、乗員の評価などが決められるので重要な仕事です。人数の多い艦だと特に大変ですが、期限内にやりきったときにはやりがいを感じますね」と補給長の本宮1等海尉は語る。
補給長経験豊富で『やまぎり』が5艦目の補給長職となる本宮1尉。「個人情報を扱う仕事だけに守秘義務には厳格に対応しています」
「人事だけではなく、乗員のあらゆる生活の面倒をみる職種なので、何でもできないとダメなんです。意外なところでは、艦で行う表彰式などの式典の司会なんかも、補給長が担当するのがならわしになっているんですよ」
(MAMOR2025年9月号)
<文/臼井総理 写真/村上淳>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです