世界で唯一の電子戦機であり、“珍機”ともいわれるEC-1。航空自衛隊の公式ホームページなどにもその情報が公開されていない機体だ。
本記事ではEC-1の任務である電子戦訓練、また、電子戦隊を育成する現場について紹介しよう。
電子戦とはなにか?
第2次世界大戦で幕を開けた電子戦。それは大きく3つに分類されると、軍事評論家の井上孝司氏は説明する。
「敵のレーダーや通信機器が発する電磁波をジャミング(妨害)してそれらを無力化するため、強力な電磁波や偽の電磁波を発射するのが『電子攻撃』。
敵から電子攻撃を受けた場合、使用している電磁波の周波数の変更や、出力を増加することなどで相手の攻撃を低減したり無力化したりするのが『電子防護』です。
『電子戦支援』は、敵が使用するレーダーや通信機器、電子攻撃用の装備品の電磁波に関する情報の収集活動や電子戦器材の設定のことを言います」
そのなかでも電子戦にとって重要なのは電子戦支援だと、井上氏は指摘する。
「敵が使用するレーダーや通信機器、電子戦用の兵器の発する電磁波の周波数などを把握・分析してデータを蓄積しておけば、電子攻撃を受けても対抗しやすくなります。
そこで各国の軍隊では、電子戦のための仮想敵国の情報収集を積極的に行っています。日本の周辺に頻繁に現れるロシアや中国の航空機や船舶も、その多くは日本のレーダー施設などが発する電磁波に関わる情報の収集を目的としていると考えられます」
調査・研究:今後の電子戦のためのリポートを作成する

研究部署には自衛官だけでなく防衛技官(※写真奥背広を着た2人)も配置されている。松井1尉は「彼らとの連携も部署の運営上、とても重要だ」という
研究部署の松井1等空尉は、「研究では、電子戦の歴史的な経緯や事例、現在の電子戦の動向についての、国内をはじめ各国の軍事に関わる刊行物、他国軍が公開している情報などを徹底的に調査・研究しています。また、その研究成果を、必要に応じ定期的にリポートにまとめ、今後、航空自衛隊が実施する電子戦の訓練などの活動の指針になるよう努めています」と話す。
松井1尉は「上司の意図を班内に正確に伝えることと、部署員の仕事の進捗を把握することに気をつけています」と語る
どの国でも電子戦に関する情報は極秘扱いされていて、先行事例が少ないため、リポートにする際には、書き進めている推論の正当性を判断するのに苦労するという。また、データ研究業務では、EC−1を運用する部署との情報交換も欠かせないと、松井1尉。
「なるべくいろんな部署に顔を出して話をし、研究成果の共有をしたりもします。彼らに必要とされる存在であり続けるため、電子戦にも関わる、進歩の速い情報通信分野について、今後も自己研さんを重ねていきたいと思っています」
教育:電子戦に関する知識とスキルを学ぶ

教育は、「幹部コース」と「空曹コース」の2つの課程で教育を実施している。特殊なケースではあるが、取材時には空自以外の隊員も受講していた

教育が行われている教室。今後の国防において欠かすことのできない電子戦の技術を習得するための授業は、日々この場で行われている
「電子戦隊で行われている教育は、近年注目されている、電磁波領域の戦いである電子戦の基礎について隊員たち(学生)へ教えています」
「授業後に学生から『今日の講義、分かりやすかったです!』などと意見をもらうとやりがいを感じますね」と三野2尉
教官を務める三野2等空尉はそう説明してくれた。
「その教育内容は、過去の戦争における電子戦の役割から始まり、電子戦の技術の基礎やその活動に必要となる詳細な知識、さらに実際の任務をシミュレートした環境下での実習など幅広く行っています」
同教育の受講資格は、通信電子機器を扱う職域に勤務しているか、または勤務経験者だという。受講人数は1期につき十数人ほどで、約2カ月ほどの期間、難易度が高い電子戦についての知識を学ぶという。

「教育」では、講義用の表示装置(モニター)を使用した座学と、電子戦用の器材を用いたシミュレーションを行う実習によって教育が実施される
基礎教育については、全国各地にある空自の部隊で勤務しながら学べるように、リモートで実施しているのだという。対面ではないので、授業中の学生の反応が分かりづらく、理解度を確認するのが難しいと、三野2尉は言う。
「入校するのは、電子戦隊で電子戦統制や操作を担う隊員だけではありません。学生の職域は、航空機のパイロットやレーダーの操作員、整備員などさまざまです。彼らが持つ電子戦に関する知識にも幅があります。ですから、学生間での知識の差に配慮しながら、いかに分かりやすく教えるか、授業の進め方や資料の作り方を常に模索しています」
全教育内容を修了した隊員たちは、各自が所属する部隊で、通常業務に加え、電子戦担当として電子戦に関する業務や、所属部隊の隊員への普及教育などを行うことになる。各国の軍隊が電磁波領域の能力を強化するなか、こうした電子戦を担う人材は、今後ますます重要になると、三野2尉は言う。
「電磁波領域が目まぐるしく変化している今、本課程で学ぶ学生の電子戦に関する知識レベルをより向上させていく必要があります。そのため、私自身、教官として教育技術を磨くとともに、電磁波領域に関する知識をさらに拡充していきたいと考えています」
「現状に満足せず、今後も新しい知識やスキルを常に習得し続け、自分の力を伸ばし続けていきたい」と話す新貝3曹
学生である新貝3等空曹の所属部隊は、空自の中部高射群第12高射隊。敵の航空機や弾道ミサイルなどを撃破する地対空誘導システム、ペトリオットを運用する防空任務に従事している。
「高射部隊ではあまり航空機を目にしないので、特にEC−1を見たときにはあの特徴的なシルエットが強く印象に残りました」
ペトリオットのシステムの1つであるレーダー装置に電子妨害排除機能が搭載されているように、高射部隊でも電磁波領域は重視されている。今、電子戦について学ぶ意義について、新貝3曹はこう語る。
「電子戦は現代戦を支える屋台骨の1つであり、今後さらに重要性を増していく分野でもあります。その分野を担う電子戦隊で習得した知識を、所属部隊で生かしていきたいと思っています」
新貝3曹は現在、電子戦の歴史から、電波の性質やその用途、妨害電波とその対策など、電子戦について幅広く学んでいる。
「傍受した電波を解析し、それを味方の活動に利用する技術などについても学んでいます。専門的で難易度が高い多くの知識を覚えるのは大変ですが、熱心に教えてくれる教官の皆さんに対してやる気で応え、電子戦の知識とスキルの習得に励んでいます!」
<文/魚本拓 写真/荒井健>
(MAMOR2025年4月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです