どんなに厳しい状況でも生き延びて任務を果たす、陸上自衛隊レンジャー隊員たちが身に付けるサバイバル術は、国を守る究極の術だ。
陸自の中でも、ひと握りの隊員にしか与えられない資格「レンジャー」の術を、私たち一般人が、マネできるようなものではない。しかし、その術を知識として知っておくことは、ひょっとしてなにかの役に立つかもしれない。自分の位置を把握し、目的地にたどり着くための方法を紹介していこう。
自分の位置を正しく知る

地図とコンパスを手に、丘の上から自己位置の標定に使えそうな地物を探す幹部レンジャー学生たち
現代は、スマートフォンなどのGPSで誰でも簡単に自分の位置を知ることができるが、レンジャー隊員は電子機器の使えない状況を想定して、地図とコンパスを使って位置を知る方法を習得する。その方法を紹介しよう。
まずは今自分がいる場所から見える、目立つ建物や山などの地物を複数探す。自分から見たそれらの方位をコンパスを使って調べ、位置関係を地図で確認し、自分の位置を判定するのだ。

目安となる地物を見つけたらコンパスの出番。自分の位置からの方位を調べメモを取る
例えば、今いる場所の北に大きな屋根の寺院が見え、西に山頂が見えたとすると、地図で寺院を探して南に直線を引き、山頂から東に線を引いた交点が自分の位置となる。目安となる地物が多く見つかれば、より位置の精度も高まる。
周囲が見渡せる高い場所から観察するほかにも、地図の等高線の間隔から斜面の傾きを判別したり、地図で河川の位置を確認してから自分の周囲の様子を観察するなど、地図の見方を学んだ上で、地形を見る観察眼を養うことが重要だ。
歩測ひもを使って歩いた距離を把握する

レンジャー隊員の必携アイテムの1つが歩測ひも、もしくはベースカウンターと呼ばれるもの。細いロープにビーズが通してあり、肩や胸に固定して使う。
ロープには上段に4、5個のビーズが、下段に9個のビーズが通してあり、100歩(または100メートル)歩くごとに下段のビーズを下から1個下に動かし、9個全て移動したら、次は上段ビーズを下から1個下に動かし(この時点で1000歩または1キロメートル)、下段の9個を全部元の位置に戻す。これを繰り返すというやり方で歩数・距離をカウントする。
歩測の基準となる歩幅は、自衛隊では75センチメートルとなるように、日ごろから訓練で身に付ける。
「ミル」を使っておよその距離を測る方法

対象物の大きさが正確に分かると、距離の測定もより正確になる
自衛隊では対象物の寸法が分かれば、そこまでの距離を「ミル」(注1)を使い求める。対象物までの距離(m)は、対象物の寸法(m)×1000÷目標のミル角で求める。
ミル角算出法の1つは、腕を前に伸ばし人差し指を第2関節で曲げた場合、この幅が約30ミル、指3本で約100ミル。
例えば、遠方に高圧線鉄塔が見える場合、その間隔は最大600メートルと規定されている(注2)ので、鉄塔間が指3本の幅で見えた場合、600(m)×1000÷100(ミル)=6000(m)で、鉄塔まで最大約6キロメートルと分かる。
(注1)ミルとは主に軍隊で使われる角度の単位で、円周を6400等分した角度。1ミル=約0.056度
(注2)地形によっては、鉄塔間が600メートル以上になる場合もある
コンパスを使って目的地までたどり着く

地図とコンパスを頼りに、次の中継ポイントの方向を確認する幹部レンジャー学生たち
レンジャー訓練で使うコンパスは、透明の板が付いた登山用コンパスで、「ベースプレートコンパス」と呼ばれるもの、または「軍用コンパス」、「レンザティックコンパス」と呼ばれる、ミル単位の細かいメモリが付き、ふたに照準線のあるのぞき窓が付いたものが用いられている。目的地に向かって移動する方法は、次の「コンパスと地図で現在地を割り出す方法」を参照してほしい。

上が「ベースプレートコンパス」、下が「軍用コンパス」

移動中は上り坂もあれば下り坂もある。歩測が狂わないよう注意しつつ、コンパスで方角を確認しながら進む
山や森の中では、木々や急斜面に行く手を阻まれることがあるため、一直線に最終目的地にたどり着くのは困難だ。移動する前に地図を見て、あらかじめルートを設定した上で、途中に設定した各ポイントを順を追って目指し、コンパスを使いながら着実に歩を進める必要がある。
コンパスと地図で現在地を割り出す方法

遠くに山や建物など目印が見えるが、自分の現在地が分からないときは国土地理院発行の地図と登山用コンパスで現在地を調べられる。
地球の磁力の影響で、実際の北とコンパスの指す北ではズレが生じる(これを「磁気偏角」といい、東京では約7度、西に偏る)。登山などに行くときは、分度器を使って、事前に行き先の地図にコンパスの北を示す「磁北線」を引いておく(偏差は地図に「西偏○度○分」という形式で書かれているので、その角度を分度器で測り引く)。
実際のやり方は、(イラストA)1つ目の目印にコンパスの進行線を向ける。(同B)その状態でコンパスの回転ベゼルを回し、N極と磁針を合わせ角度を測る。(同C)コンパスを、磁北線と磁針が平行になるように地図上に置き、目印から線を引く。このとき、引いた線と磁北線の角度が(同B)の角度と同じか確認する。(同D)(同E)もう1つの目印も同様に線を引く。(同F)線の交点が現在地だ。
(MAMOR2025年4月号)
<文/臼井総理 写真/村上淳 写真提供/防衛省 イラスト/内山弘隆>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです