テストパイロットは、自衛隊だけではなく民間の航空機メーカーにも在籍している。民間企業のテストパイロットと、自衛隊のテストパイロットの、それぞれの仕事、任務に違いはあるのかなど、航空自衛隊および民間企業でテストパイロットを務めた安村佳之氏に聞いた。
民間企業にもいる!テストパイロット
自衛隊に納入するための航空機や、小型機、ビジネスジェットや大型旅客機などの民航機を作る企業にもテストパイロットがいることをご存じだろうか。航空自衛隊でテストパイロットを務めた後、民間企業に転職し、合計35機種もの飛行機の操縦を経験した安村佳之氏に、自衛隊と民間のテストパイロットの違いについて解説してもらおう。
「日本の民間企業の中でも、自衛隊に航空機を納入しているメーカーには、必ずテストパイロットがいます。例えば、戦闘機を生産している民間企業では、完成機を出荷する前に社内テストを全機行います。
1回だけではなく、最低2回。それを担当するのです。民間企業では戦闘機を運用していないため、戦闘機パイロットの育成ノウハウや実績もありませんから、皆、自衛隊から転職したパイロットです。海外の航空機メーカーで旅客機を作っているところには、民間航空会社出身のテストパイロットもいますが、航空機の開発の機会が少ない日本にはほとんどいません」
安村氏は、アジア初となる民間テストパイロットスクール「JTPS」を2023年に立ち上げたが、それまでテストパイロットになる資格を得られるのは日本国内では自衛隊しかなかったのだとか。
「無人航空機(ドローン)や、いわゆる『飛ぶクルマ』など、新しいモビリティを開発する上でも、テストパイロットやフライトテストに関わる技術者のニーズが高まっています。また、いずれ日本でも再び旅客機の開発を行うことがあるでしょうから、そうした夢のためにもテストパイロットなどの育成をしていこうと考えました」
考え方や手法は同じ。大切なのは「器の広さ」

スクールでは、実機やシミュレーターを使用した実技講習のほか、飛行試験法、航空力学、飛行試験計画の作成など、テストパイロットに必要な知識について教育している(写真提供/AeroVXR)
航空自衛隊、戦闘機・旅客機メーカーと、異なる組織でテストパイロットを務めた安村氏が考える、自衛隊と民間のテストパイロットの違いとはなんだろうか。
「テストフライトに対する考え方は同じです。ある目的を達成するためにテストフライトを計画し、データを取り、分析する。試験の手法も変わりありません。ただし『要求』、つまり製品である航空機に求めるものが大きく違うのです。評価基準も、戦闘機は戦うためのものですから乗り心地などは最優先にはなりません。
一方旅客機は、お客さまを安全に心地よく目的地に運ぶことが条件。さらには、パイロットの人数も多く、技量に差があったとしても……言い換えれば多少経験の少ないパイロットであっても、安全に飛ばせなくてはならないのです」
さて、安村氏が民間に移り、旅客機の開発に加わる際、考え方など変えた点はあるのだろうか。そして、テストパイロットにとって重要なのはなんだろうか。
「私の場合、自衛隊時代には戦える航空機として、耐空性を確保した上で『強さ』を軸に判断していました。民間、特に旅客機に移ってからは『なによりもまず安全』を軸に据えていました。
こうしたテストパイロットとしての考え方の軸を持った上で、柔軟性、受容性、いうなれば『器の広さ』が重要だと考えています。自分の考えに凝り固まることなく、幅広い知識や意見を取り入れることが大切です」
最後に、自衛隊の後輩テストパイロットや、これからテストパイロットを目指す若者たちへのメッセージをもらった。
「テストパイロットは、航空機や装備品開発に必要不可欠な存在です。仮に将来無人機が中心となったとしても、人と機械をつなぐインターフェースはなくなりません。操縦席に座ることはなくなったとしても、テストパイロットの能力は必要です。テストパイロットは防衛省・自衛隊はもちろん、活躍の場は世界に広がっています。ユーザー目線を忘れず、日々努力し続けて、空の技術開発に貢献してください。
最後に、テストパイロットは、誰も飛ばしたことのない機体を飛ばす最高でやりがいの大きな仕事です。若い方にもぜひ目標にしてもらいたいですね」
【安村佳之氏】
アジア初のテストパイロットスクールを運営するAeroVXR合同会社のCEO。航空自衛隊でテストパイロットを務め、退官後は三菱重工業で戦闘機の社内飛行試験を担当。2021年4月より現職 写真提供/AeroVXR
(MAMOR2024年9月号)
<文/臼井総理 写真/山田耕司(扶桑社、空自隊員)、星亘(扶桑社、海自隊員・堀江技監)>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです