自衛隊の航空機や装備品の開発に大きな役割を果たすテストパイロット。非常に狭き門といわれるテストパイロットになるためにはどのようなルートがあるのだろうか。
海・空のテストパイロット養成内容を紹介するとともに、それぞれの教官・学生の声もお届けしよう。

宇宙飛行士も輩出した航空自衛隊のTPC(Test Pilot Course)
出典:航空自衛隊ホームページ (https://www.mod.go.jp/asdf/adtw/adm/butai/hijitsugun.html)
航空自衛隊におけるテストパイロットの育成は、岐阜基地(岐阜県)に本拠を置く飛行開発実験団飛行実験群飛行隊で行われる。全国の空自パイロットの中で、編隊長程度の技量を持つ、1尉から3佐クラスのパイロットを中心に志願者を募り、選抜。1期につき約6人が「試験飛行操縦士課程」に入校する。通称、TPC(Test Pilot Course)。
1969(昭和44)年に設立され、今までに多くのテストパイロットを輩出している。その中には、空自を経てJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士となった油井亀美也氏も含まれる。
教育期間は約10カ月。座学はもちろん、実際にテストフライトを模擬したフライトも行う。具体的には、空自で用いられているT-4を、新規開発した航空機に見立て、学生がその試験を担当するテストパイロットであるという想定のもとで、飛行試験の準備から実施、分析までの全てを経験し、装備品を評価するための能力をつけるのだ。
TPC卒業者によると、この10カ月は学ぶ内容も濃く作業量も多いため、気の休まる暇がなかったという。「休みの日も自学自習や、学生仲間との検討などもあって、10カ月でまともに休めたのは1、2日だったと記憶しています」と語るテストパイロットもいた。
教育科目も非常に多岐にわたる。まずは、基礎数学、航空工学にはじまり、飛行試験理論を中心とした座学がたくさん組まれている。
座学のほか、操縦訓練による実践を行い、取得した飛行試験データの解析、そしてそれらを報告書にまとめ、最終的には試験成果を発表するところまでを一連で行うという。
このような実践的な教育をクリアした者が正式にテストパイロットとしての資格を得る。途中でテストパイロットへの道を断念する者もいることはいるのだが、入校するテストパイロット候補生たちは、さすがにえりすぐりの中堅パイロットたち。ほとんどの候補生が強い意志と努力で、テストパイロットの座を勝ち取っているのだ。
なお、入校したパイロットたちと切磋琢磨して学ぶ者もいる。それが「幹部技術課程」(通称TOC(Test engineering Officers Course)の学生たちである。こちらは「技術幹部」になるためのコースである。技術幹部は、エンジニアの立場から航空機や装備品開発に携わる専門職のこと。このコースは、空自だけではなく陸・海も含めた自衛官、さらには防衛技官への教育を行っている。
空自のTPCは、教官の生の声も活用して教育
F-2パイロットとして勤務後、TPC学生として資格取得を目指す高野1尉
学生として学ぶ高野1等空尉は、テストパイロットを志した理由についてこう語る。
「パイロットとしてF-2に乗ったとき、もっと改善したいという思いがあり、今後の航空機を良くする仕事に携わりたかったからです。テストパイロットになったら、次世代戦闘機など、今後登場する航空機に関わりたいです。そのためには、最新の技術にも通じなくてはならないです」
大仲1尉はF-15パイロット。テストパイロット資格を取得し教官として後進を育成
また、彼らの教育を担当し、自身もテストパイロットの資格を持つ大仲1等空尉は、「学生は飛行試験の理論を学びますが、机上の理論はもちろん、私自身が経験した試験における注意点や準備すべき事情など、生の情報をなるべく伝えるようにしています」と、学生に対して教育する上で心がけていることを教えてくれた。
テストパイロットは全航空機を操縦する、海上自衛隊のTPC

海上自衛隊のテストパイロットコースでの授業風景。飛行中の機体に発生する力学的作用など、専門知識を学ぶ
海上自衛隊のテストパイロット養成は、厚木基地(神奈川県)の第51航空隊訓練指導隊課程教育班で行われる。「幹部専修科飛行試験課程」、通称TPC課程が誕生したのは、1971(昭和46)年のこと。以来50年以上、海上自衛隊、および一部陸上自衛隊ならびに航空自衛隊のテストパイロットを育ててきた。
海自のTPCは、約1年にわたって教育が行われる。テストパイロットの候補者は、知識と技量に優れ、協調性があり探究心の強いパイロットを全国の部隊から選抜する。空自のTPCと同様、大変負荷の高い教育課程であり「単に能力があるパイロットというだけではTPCには入れない」という。テストパイロットになりたい、という強い意志がなければクリアできないのだ。
教育内容は、まず4月に地上教育、座学がスタートする。基礎理論、応用理論、そして試験評価手法など、テストパイロットとして飛行試験に必要な専門的かつ高度な知識を学ぶ。並行して、空中教育、航空機に実際に搭乗してのデータ収集、さらには解析作業を行う。これにより、テストパイロットとしてのスキルを実践に即した形で身に付けていく。
そして、10月ごろからは「他基地研修」として、海自の厚木以外の基地、さらには空自や陸自の航空基地を訪問して海自に限らずさまざまな航空機を操縦する機会が設けられる。これは、空自のTPCも同様で、テストパイロットは誰も乗ったことがない初めての航空機を取り扱うことも多いために、その基礎を身に付けるため、陸・海・空各自衛隊で運用するさまざまな航空機を操縦して、操縦性などをどのように評価するかを訓練するのである。もともと飛行機のパイロットであっても、ヘリコプターも操縦するし、またその逆にヘリコプターパイロットでも、飛行機の操縦も体験するのである。
自衛隊内だけの教育研修だけではなく、自衛隊外、JAXAや航空機メーカーなど民間企業に赴いての研修・見学も実施する。これは、多くの先端技術に触れ、技術や情報に敏感になることで、柔軟性を持ち好奇心を持って学び続けられるテストパイロットを育てるためなのだとか。
そして、1年のまとめとして「最終報告」を作成する。これは、大学における「卒論」のように、1人ひとりの候補生が自分の研究テーマについて1年の成果を発表するもの。これをクリアすると、はれてテストパイロットの資格を得るのである。
学生は自ら考え正解を見いだすことが重要
入谷1尉はP-3C、P-1のパイロットとして勤務後、海自TPCに入校した
海自のTPCに入校したテストパイロットの卵、入谷1等海尉は、目指した理由をこう語る。
「航空学生時代の主任指導官がTPC出身で、憧れてTPCを意識するようになりました。“航空機に対する熱意がなくては修業することはできない”という言葉が強く印象に残っています。入校直後は不安もありましたが、よりいっそう頑張ろうと思いました」
TPC課程を修業したあと、教官となったSH-60Kパイロット平野3佐
教官を務める平野3等海佐は、学生自身に考えさせる教育内容が中心だと説明する。
「試験を計画して、テストフライトを実施、取得したデータを解析する。計画する試験には全て目的があります。教科書通りに飛行するだけでは試験の目的は達成できません。学生には試験の目的と達成するための手段が合致しているかを考えるよう常に言っています」
(MAMOR2024年9月号)
<文/臼井総理 写真/山田耕司(扶桑社、空自隊員)、星亘(扶桑社、海自隊員・堀江技監)>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです