•  海上自衛隊に25年以上前から配備されているホバークラフト、LCAC。2024年に、持ち前の実力を改めて発揮し、注目を集めた。

     この年の元日に能登半島を襲った地震は海底を隆起させたため、多くの港に艦艇が入れなくなってしまい、さらに土砂崩れなどで陸路もふさがれて、救助隊が被災地に入れないという事態がおきた。

     そこで、空気の力で船体を浮かせて、深度の浅い海でも高速で航行でき、そのまま砂浜へ上陸できるLCACが、多くの救難物資や救助隊員を運び、能登を救ったのだ。

     今回は全自衛隊に6隻しかないLCACの整備を行う呉造修補給所、工作部エアクッション艇整備科の実力を紹介する。

    総勢16人でLCACの整備・修理を行う

    画像: 基地から海に出るためのスロープ。緊急の場合には、地上でエンジンをかけてそのまま自走することもあるが、普段はクレーンで海上までLCACを移動させてから降ろす

    基地から海に出るためのスロープ。緊急の場合には、地上でエンジンをかけてそのまま自走することもあるが、普段はクレーンで海上までLCACを移動させてから降ろす

     海上自衛隊幹部候補生学校、通称「赤れんが」や、第1術科学校のある広島県の江田島。そんな江田島の一角にひっそりと存在するのが「呉造修補給所工作部エアクッション艇整備科」だ。

     LCACの整備を行う基地である。ここには整備を行うための各種施設のほか、LCACのクルーを育成する施設、隊舎などがある。背後を山に囲まれた小さな入江の「秘密基地」のような場所だ。

     ここで6隻あるLCACの整備を担うのが、エアクッション艇整備科の隊員たち。総勢16人で多くの整備を行っている。

    「安全第一で整備を行っています。整備の面でもLCACのスペシャリストを育成していきます」と川畑1尉

    「私たちは、LCACの整備・修理を行っています。年間を通して予定されている計画整備のうち、3カ月点検である四半期整備、6カ月点検にあたる中間修理を行うほか、故障が発生した場合には臨時修理をしています」

     こう語るのは、整備科で整備係長を務める川畑誠人1等海尉。具体的にどんな修理や整備を行っているのだろうか。

    画像: スカートの補修は一番頻度が高い。裂けた部分に補修用のゴム生地をあてがい、ボルトで固定する。傷が多い場合にはまるごと新品に交換することも

    スカートの補修は一番頻度が高い。裂けた部分に補修用のゴム生地をあてがい、ボルトで固定する。傷が多い場合にはまるごと新品に交換することも

    「一番多いのは、スカート部分の修理ですね。不整地などを走行すると、どうしても傷つき破れるので、補修や交換は頻繁に行います。あとは電子、電気機器の修理。就役して長くたつ艇なので、どうしても壊れる部分は出てきます。ほかにも、定期点検ではエンジンなどたくさんの項目をチェックします」

    画像: 「ロックボルトガン」という名のLCAC専用工具。左の写真のように、スカートとスカートをつなぎ留めているボルトを固く密着させるときに用いる

    「ロックボルトガン」という名のLCAC専用工具。左の写真のように、スカートとスカートをつなぎ留めているボルトを固く密着させるときに用いる

     少人数で整備、修理を行っているため、突発的な故障が起きた場合などのスケジュール調整が大変だという。

    「定期整備だけでも6隻を3カ月ごとに行わなくてはならず、それだけで1年に24回。加えて故障の修理もあります。また、整備のためにはつり下げた艇の下に潜り込む必要があるなど、危険を伴う作業もあるので、ちょっとしたミスが大事故につながりかねません。そのため基本的には2人以上で、声を掛け合い確認し合いながら作業を進めるようにしています」と川畑1尉は言う。

    長く乗務するのは大変!「LCAC」の構造とは?

    画像: 専用の自走クレーンでつり上げ移動しているLCAC。クレーンにはタイヤと操縦席、エンジンが付いていて、動けるようになっている

    専用の自走クレーンでつり上げ移動しているLCAC。クレーンにはタイヤと操縦席、エンジンが付いていて、動けるようになっている

     さらに、整備する立場から見たLCACの構造上の特性について聞いてみた。

    「LCACは、軽量なアルミ合金製で、分割された『モジュール構造』で成り立っているのが特徴です。艇の本体ともいえる浮力ボックス、乗組員が乗るキャビン、浮力を生むリフトファン、エンジン、推進力を発生させるプロペラです。

     モジュール構造の利点は、仮に大きな損傷を受けた場合でも、壊れた部分だけ容易に交換可能だという点。LCACは、全ての艇体構造を組み立てた後、浮力ボックスの下に黒いゴム製のスカートを装着して完成です」

    画像: 大きな推進用プロペラの近くにある、ラダー(かじ)をチェックする整備員。常に全力を出せるよう丁寧な作業で整備を行う

    大きな推進用プロペラの近くにある、ラダー(かじ)をチェックする整備員。常に全力を出せるよう丁寧な作業で整備を行う

     一方で、アルミの軽量な構造は大きな衝撃に弱く、また腐食しやすいという欠点もあるという。

    「乗組員から見ると、洗面所もトイレもありませんし、冷蔵庫もベッドもありません。爆音で振動もすごいですし、長く乗務するのは大変だと思います」と川畑1尉はクルーの苦労をおもんぱかる。

     ところで爆音といえば、動かす際の騒音をできるだけ減らすための工夫がある。それが「LCAC専用のクレーン」の存在だ。川畑1尉が説明する。

    「エンジンやファンの音がものすごいので、周辺住民の方々への影響を考慮し、通常であれば海からスロープを通じてそのまま陸上に上がってくるLCACを、クレーンを使って海上から陸上に揚げたり、またその逆に発進させるために海に降ろしたりしています」

     この巨大クレーン、正式品名は「輸送用エアクッション艇用移送装置」といい、約150トンまでつり下げ移動することが可能だという。

    「タイヤが付いていて移動できるのですが、荷重状態での速度は分速20メートル。カメが歩くくらいのスピードですね」と川畑1尉。

    LCACを知り尽くした自分たちにしか直せない!

    画像: 騒音に配慮しつつエンジンの試運転ができる「試運転場」。クレーンでLCACを台車に載せ、台車ごと中に移動。ドアを閉めれば騒音を抑えながら試運転が可能

    騒音に配慮しつつエンジンの試運転ができる「試運転場」。クレーンでLCACを台車に載せ、台車ごと中に移動。ドアを閉めれば騒音を抑えながら試運転が可能

     実際に動かすところを見せてもらったが、大きなLCACがつり下げられたまま静かに動いている姿は迫力があった。

    「整備のために格納庫に入れるときや、試運転場、整備用ピットに移動するときにも使います」

     一種独特の苦労があるLCACの整備作業。整備科の隊員たちは、この仕事にどんなやりがいを感じているのだろうか。

    「海自で唯一、LCACが整備できるのは私たち呉造修補給所のエアクッション艇整備科だけです。『俺たちしか直せない』というのが一番の誇りであり、やりがいですね。今回の災害派遣のように、われわれが整備・修理したLCACが活躍しているのを見ると、達成感を覚えます」

     整備というスペシャリストの中の、さらに少数精鋭のスペシャリストとして、LCACの整備・修理を担うエアクッション艇整備科の隊員たち。今後、新型のLCACを運用する時代になったとしても、彼らの任務の重要性は変わらない。

    (MAMOR2024年8月号)
    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

    <文/臼井総理 撮影/村上淳>

    能登を救え!改めて実力を示した自衛隊のLCAC(エルキャック)とは?

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