海上自衛隊に25年以上前から配備されているホバークラフト、LCAC。2024年に、持ち前の実力を改めて発揮し、注目を集めた。
この年の元日に能登半島を襲った地震は海底を隆起させたため、ほかの艦艇が近づけなかったのだが、LCACは見事に揚陸し、物資を届けた。
東日本大震災でも活躍したが、防衛任務としては戦車などを島しょ部に迅速に揚陸させる能力を持っている。その実力を探ってみた。
車両や物資を積んで時速約100キロメートルで疾走。これがLCACの実力だ!
<SPEC>全幅:14.3m 全長:26.8m 速力:約93km/h 重量:約100t 積載能力:約50t (90式戦車1両または人員約200人)
LCACの正式名称は「エアクッション艇『1号』型」という。通称のLCACとは、英語のLanding Craft Air Cushionの頭文字をとったものだ。海自のLCACは、ルイジアナ州ニューオーリンズにあるメーカーで製造されたアメリカ製。
1993年度から2000年度までの予算で合計6隻導入された。1号艇(2101)から6号艇(2106)まで、固有の艦番号が振られている。
LCACは、全長26.8メートル、全幅14.3メートルと、艦艇としては小さめだが、1隻で陸上自衛隊の重量級戦車・90式戦車を1両運ぶことができる。車両や物資を搭載するほか、PTM(Personnel Transport Module)と呼ばれるコンテナ状のものを甲板に設置することで約200人の人員を輸送することもできる。
LCACには、ジェット機のエンジンと同様の仕組みを持つガスタービンエンジンを4基搭載。その力で浮力と推進力を得る。リフトファンを回転させて得た空気の力で浮き、プロペラによって発生する推力で進むのだ。
その最大速力はなんと時速約93キロメートルにもなり、海自の艦艇の中で最も足が速い。水陸両用であり、陸上基地から発進するほか、海自のLCACは『おおすみ』型輸送艦とコンビを組んで運用することも可能。輸送艦1隻に2隻のLCACを搭載して運び、輸送艦の後ろにあるハッチを開けて、海上から発進することもできるのだ。
海の上を飛ぶがごとく航行できる、自衛隊唯一のホバークラフト
能登で勇姿を見せたエアクッション艇・LCACの詳細を紹介していこう。
見張り台
右側にある操縦席からは見えにくい、左側の見張りを行う場所。航行中はロードマスターが席に着き、海上に異常がないか目を光らせる。
甲板
車両や物資を搭載する甲板。白いラインの部分には、搭載した車両や物資を固定するためのフックやワイヤを固定する穴が開いている。人員を輸送するときは、甲板上にPTMを設置する。
プロペラ
推進力の8割を生み出す大きなプロペラに、飛行機のようなラダー(垂直舵)が備わる。プロペラの直径は3.58メートル。金網のようなものが張ってあるが、ゴミや鳥を吸い込んでしまうこともあるとか。
エンジン
1基約4000馬力のガスタービンエンジンを片側2基ずつ計4基搭載。航空機のジェットエンジンと仕組みは同じ。騒音もものすごい。整備しやすいようにエンジン区画にはハッチが付いている。
リフトファン
エンジンの力の6割は浮くために使う。LCACの浮く力を生み出しているのが、多数の羽根で空気の力を発生させるリフトファン。圧力を増した空気をスカートやスラスターに送り込む。
人員輸送席
LCACのクルーのほか、数人を運べる「旅客席」。金属のフレームに布を張っただけの狭いシートは、航空自衛隊の輸送機に備わっているものに似ている。
スカート
合計12枚のゴムシートで艇体の外周を囲い、空気の圧力を逃がさず溜めて浮上するためのスカート。艇体底部の中心部にも、右舷から左舷まで一直線にゴムシートが取り付けられていて、LCACが海面を航行する際、横揺れを低減させる役目を担っている。
旋回式スラスター
筒状の部位から空気を噴出させ、その力で推進力を得るスラスター。360度回転させることができ、横に向ければ横移動、後ろに向ければ速度アップ、前に向ければ後進と、自由自在にLCACを動かすための必須アイテムだ。
操縦席
少し高い所にある操縦席。狭い空間に3人のクルー(クラフトマスター、ナビゲーター、エンジニア)が並んで座る。雰囲気は船というよりも航空機だ。
LCACが浮いて進む仕組み
LCACすなわちホバークラフトは、エンジンの力でリフトファンを回し、そのファンが生み出す空気の力で船体を浮かせる。
さらに、後部にあるプロペラやスラスターが生み出す推進力によって進む。空気の力で浮いているため、水上はもちろん、多少の悪路でも乗り越えてしまう。最大で1メートルの障害物を乗り越えられ、多少の傾斜も登ることができるという。
また、旋回式スラスターの操作によって、真横に移動したり、バックしたりも自由自在。船と航空機のいいとこ取りのような乗り物、それがLCACだ。
LCACが輸送艦から発進して上陸するまで
1:『おおすみ』型輸送艦には、LCACなどの揚陸艇を搭載するための「ウェルドック」がある。その艦尾にあるハッチを開いて発進。バックで発進することが多い。
2:輸送艦から発進したLCACは、自力で海上を航行し、揚陸可能な地点を見極めながら陸地へ向かう。底面に空気を排出し、海面から浮いているので、波のあおりによる操舵性への悪影響は少ない。
3:先行して上陸した誘導員の指示に従い、砂浜などに上陸する。航空機が着陸後に誘導されるのと近い。車両や物資を降ろしたら、再び輸送艦に引き返し、繰り返し荷物を運ぶ。
(MAMOR2024年8月号)
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです
<文/臼井総理 撮影/村上淳 イラスト/松岡正記>