•   病院や街の薬局などで私たちも日常的にお世話になっている薬剤師。自衛隊にも、自衛官であり国家資格を持つ薬剤師でもある「薬剤官」がいる。薬剤官は隊員の健康管理、防疫および衛生資材などの補給整備を行う「衛生」という職種に属している。

     その任務は多岐にわたり、自衛隊内の病院はもちろん基地や駐屯地、被災地や派遣先の海外、はたまた有事の際には第一線へも進出する。マモルでは、国を守る自衛官の体を守る薬剤官のマルチ・プレイヤーぶりに焦点を当ててみた。

    補給本部:部隊活動を支える衛生器材の調達を担当

     制服や弾薬、燃料、装備品の部品など陸・海・空各自衛隊が活動するために必要な物品の調達・管理を行うのが補給本部だ。この補給本部にも薬剤官は配置され、医療器材などに関する知見を生かし、業務を担当している。

    衛生器材にとどまらず、幅広い装備品の調達・管理に携わる

    画像: 装備品の調達先などと電話でやりとりする丹羽3佐。「相手に分かりやすく伝えることなどは薬剤師として接客をした経験が生きています」

    装備品の調達先などと電話でやりとりする丹羽3佐。「相手に分かりやすく伝えることなどは薬剤師として接客をした経験が生きています」

     航空自衛隊十条基地(東京都)の補給本部に勤務する丹羽祐太3等空佐の主な職務は、衛生器材と救命装備品の調達だ。

    「薬剤官の任務にはこのような業務もあるのだと思いました。補給本部で調達する装備品の種類は想像以上に多く、例えば暗視ゴーグルや消防服など、衛生の職域ではあまり見かけない装備品も取り扱っています。私にとっては見聞きし触ったことはあっても細部について知らないものでしたので、仕様書の作成などに苦労したこともありました。そんなとき、詳しい同僚のサポートで装備品の納品などを実施できました。反対に衛生に関する器材は私のほうが知見があり、同僚と支え合って任務を遂行しています」

    防衛省運用の新型コロナウイルスワクチン接種に携わる

    画像: 装備品の調達について上司への説明。「消防服などは隊員の命に直結する装備品なので確認も慎重に行います」と丹羽3佐

    装備品の調達について上司への説明。「消防服などは隊員の命に直結する装備品なので確認も慎重に行います」と丹羽3佐

     民間のドラッグストアや病院付近の薬局などで勤務していた丹羽3佐は、中途採用で薬剤官となった。

     そんな丹羽3佐は任務で忘れられない体験があるという。それは2021年5月4日から11月30日まで東京と大阪で防衛省が運用をしていた新型コロナウイルスに対する「自衛隊大規模接種センター」の運営に関わったことだ。

    「世界規模で感染拡大していた新型コロナウイルスから国民を守るため、防衛省・自衛隊が一丸となった取り組みです。私は東京の接種センターを立ち上げる最初の2週間に関わりました。

     新型コロナウイルスのワクチンは冷凍された状態で届きます。接種時間に合わせた解凍調整や接種回数とワクチンの在庫把握など、1本でもむだにしないよう徹底した管理を行いました。このような任務に従事したことは、国民を守る薬剤官らしいと自覚しました」

    研究施設:隊員の勤務環境の安全性の向上に携わる

     高高度を飛ぶ航空機や深海など過酷な環境下でも任務を遂行する自衛官。極限下での活動が心身に与える影響などを調査・研究する自衛隊の研究部隊などで、研究に従事する薬剤官もいる。

    貢献できる研究がしたい思いから自衛隊の薬剤官へ

    画像: 排ガスのサンプルなどを分析装置にセットする滝3佐。現在は企画科長として研究をサポートする立場だ

    排ガスのサンプルなどを分析装置にセットする滝3佐。現在は企画科長として研究をサポートする立場だ

     大学院でDNAの情報解析などの研究をしていた滝孝友3等空佐は、研究業務で国家や組織に貢献したいという思いから薬剤官を目指した。

    「研究に専従するなら、民間企業の研究職などを選ぶべきでしょう。ですが調剤以外に災害派遣などで組織に貢献できる薬剤官が自分に合っていると思いました」

     滝3佐は研究職としても手応えをつかんでいる。2010年から2年間にわたり、航空医学実験隊 で、日米共同の研究に従事した。内容は航空機整備員に対する航空機燃料から発生する化学物質の影響の調査だ。

    「整備員の体に測定器を付け、排ガスなどのサンプリングを行いました。調査量は膨大でしたが、排ガスから整備員の目やのどを守るため、状況に応じて防護マスク着用を推奨するなど一定の成果が出せました」

    他国軍の薬剤官とも交流。多様性が重要なことに気付く

    航空機から出る排ガスのサンプリング調査を行う隊員。「現場の隊員の勤務環境向上につながる研究です」と滝3佐

     その後は航空幕僚監部などを経て、現在は再び航空医学実験隊の総務部企画科長として部隊の企画・運用などを担当している滝3佐。これまで参加した外国軍との共同訓練も印象深い出来事として挙げてくれた。

    「アメリカ空軍が実施する多国間共同訓練『モビリティ・ガーディアン』などに参加し、航空機内での傷病者搬送訓練を行いました。

     他国の薬剤官は病院などでの調剤を基本とするなど薬剤のスペシャリストである一方、自衛隊の薬剤官は調剤以外にも企画や医薬品・衛生材料の補給など任務の幅が広いという違いも分かりました。民間では研究関連以外の能力は求められないかもしれませんが、薬剤官は薬学や災害医療など幅広い知識や技術が求められる仕事だと思います」

    <文/古里学 撮影/増元幸司 写真提供/防衛省>

    (MAMOR2024年7月号)

    マルチに闘う自衛隊薬剤官

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