航空機が滑走路に離着陸するためには、管制塔からの指示やレーダーによる位置確認などの管制業務が必要だ。有事の際、あるいは災害などで空港の管制機能が失われたり、定期的なメンテナンスで管制機器を止めるときなどに、関連機器一式を運搬・提供して、管制業務の継続をフォローする日本で唯一の部隊が、航空自衛隊百里基地(茨城県)に所在する移動管制隊である。
そんな自衛隊の“移動する飛行場”の全貌は、前回紹介したとおり。今回は移動管制隊の訓練の様子をレポートする。
移動管制隊で活躍する車両たち
移動管制隊の任務は時と場所を選ばない。そのため、どのような状況下においても対応できるよう、遠隔地や過酷な環境下での機動訓練を繰り返している。以下で紹介する車両たちがキャラバンを組んで移動する、その訓練の一例を紹介しよう。
※移動隊列では、上から順にキャラバンを組んで移動する
マイクロバス
隊列の先導を担う。隊列への指示・誘導を行う隊員(各車両の運転の交代要員)を乗せている。
移動式管制塔揚降装置
揚降装置と管制シェルターを4~5トントラクターでけん引。
通信シェルター+発動発電機
3トン半トラックに通信シェルターを搭載し、発動発電機をけん引。
整備用シェルター
展開時には、各種器材の整備室や待機室として運用。3トン半トラックで運搬。
移動式タカン装置+発動発電機
シェルターと空中線は4〜5トントラックに搭載。発動発電機はけん引。
精測レーダー装置
移動式ラプコン装置の構成器材の1つ。3トン半トラックに搭載して運搬。
捜索レーダー装置
3トン半トラック2台にASRアンテナとASRシェルターを搭載。発動発電機をけん引。
中央管制装置
管制室A・B、通信シェルター(いずれも外観は同じ)はそれぞれ3トン半トラックで運搬。
指揮車両
一番後ろから隊列全体を見渡し、状況を把握。必要に応じて指示を出したり、先導することも。
大型車両で隊列を組んで移動。公道を走る際には制限がある
空自が所在する飛行場の管制機能が失われたり、自治体の防災訓練で管制機能がないグラウンドに設置する必要ができた場合などに、速やかかつ確実に移動式航空管制機器を輸送し設置するのが移動管制隊の任務である。
いつでもどこでも駆け付けることを部隊のモットーとする以上、有事や災害など緊急に機動展開するケースを常に想定しなければならない。そのため、日常的に行われる機器の車載や、車両の運転やメンテナンス、機器の整備訓練以外にも、しばしばホームグラウンドである百里基地を飛び出して訓練を実施している。近場では府中基地(東京都)や入間基地(埼玉県)、遠隔地では北海道や九州にまで遠征して訓練を行う。
部隊が移動する際は、複数の車両で隊列を組んで走行する。運搬する機器の種類によって隊列の構成に違いは出てくるが、公道では先導車をつけることが多い。かつては現場の指揮をとる車両が先頭を走っていたが、現在は先頭のマイクロバスと最後尾の指揮車両で隊列を挟む構成をとることが多いという。その理由を訓練担当幹部で管制班長の内山雅己1等空尉は次のように語る。
「例えばサービスエリアで休憩をとる場合には、先頭のマイクロバスが先に入ってパーキングスペースの確保を行います。その際に後から来た隊列を指示・誘導するための人員が必要で、多人数が乗れるマイクロバスのほうが都合が良いんです。またそうすることで、指揮車両は後ろから全体を見渡す役目に徹することができます」
片道1314キロメートルを3日かけて九州まで向かう
移動管制隊の移動の基本は陸路を使い、状況によって民間船や空自の輸送機などを利用する。定期的に関東圏内や中部圏内の空自基地を目的地にした機動訓練を実施しているが、不定期にさらに長い距離の移動を行うことがある。移動管制隊長である滝本龍勝2等空佐によると、長距離機動訓練の目的は、自分たちの持っている能力でどこまで陸上機動ができるか、その限界を知ることだという。
その一環として、2023年7月下旬から8月上旬にかけて、百里基地から芦屋基地(福岡県)までの片道1314キロメートルのルートを往復する長距離機動訓練が行われた。内山1尉が挙げるこの訓練のテーマは「隊員の車両操縦技術の向上と機動経路上における不安要素の洗い出し」である。
「非常に長い距離を実際に走ったときに、どのようなリスクや課題があり、どう対応すればよいのかを検討するために行っています」
訓練に参加した車両はマイクロバス1台と整備用シェルターを搭載したトラック1台で、後者が発動発電機をけん引した。
往路は8人で百里基地を出発し、東京・晴海の有明港から民間フェリーを利用して海路を使って福岡の門司港に入り、芦屋基地までは陸路で向かう。その移動中に要員の増強が必要なシナリオを設定し、4人の増強要員が入間基地から空路で春日基地(福岡県)に入り、芦屋基地で合流。百里基地に向けての復路を、再び陸路で移動した。
「通常は車両1台を2人で運転するところ、交代要員も含め1台4人で運転しました。その中にあえて訓練生(運転訓練中の隊員)を参加させ、交代要員が訓練生しかいない状況を与えたり、急な体調不良による操縦手不足などの状況を与えたりして、対処能力を確認しました」
内山1尉は訓練のハードルを上げた理由をそう語る。
複数のテーマで課題を探る。今後は夜間走行訓練も実施
各車両は2人がペアとなり、1時間運転して20分休憩し、運転手を交代する。ほかの人員はマイクロバスで待機してローテーションを繰り返す。助手席の隊員は運転の交代要員というだけでなく、事故渋滞をしているなど、長い経路の途中の情報を入手してドライバーに伝えるという任務も与えられた。
また今回の訓練には、統合任務が進む中で、その任務に移動管制隊としてどのように関わっていくのかという2次的な目的もあったため、途中の宿泊地に陸上自衛隊の駐屯地を利用したり、食事に駐屯地から支給された携行食を食べたりして、あえて空自以外の環境を体験したという。
こうした多くのテーマを持った長距離機動訓練により、さまざまな課題も浮き彫りになったと内山1尉は語る。
「高速のサービスエリアにおけるパーキングスペースは限られているので、そこに確実に止めるにはどうすればよいのか。また民間船利用の際、器材トラブルが起きないようどのように守るのかなど、これから検討していかなければならない事項がいくつもありました。今回は日中の移動になりましたが、緊急展開の場合は24時間の移動もあり得ます。今後は夜間走行訓練の実施も考えています」
厳冬期の北海道への遠征。過酷な環境下での機動訓練も
長距離の機動を目的とする訓練以外にも、別のテーマを持って臨む訓練も多い。その1つが真冬の北海道の千歳や旭川に遠征して、厳冬期の劣悪な道路事情でも機動展開するための訓練だ。
豪雪の中での速やかなタイヤ・チェーン装着、降雪時や凍結路面での安全な車両の操縦、機器の積み降ろしや展開などを、身をもって体験する。こちらも毎年行われており、移動管制隊の隊員は必ず1回は参加しなければならないそうだ。
「訓練の成果でしょうが、うちの隊員は全員、車両のタイヤ交換などは自分たちの手であっという間にやってしまいますよ」と内山1尉は笑う。
そのほか、輸送機のC−2に器材を積んだ車両ごと搭載できるかどうかの検証訓練なども行っている。今後は、民間船だけでなく海上自衛隊の輸送艦を利用した機動訓練なども検討しているそうだ。
(MAMOR2024年4月号)
<文/古里学 撮影/星 亘(車両)写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです