•  航空自衛隊を舞台にした小説『航空自衛隊 副官 怜於奈』シリーズ。戦闘部隊や多くの命を預かる指揮官ではなく、「副官」をテーマにした異色作だ。「副官」とは、軍隊において司令官などの指揮官を補佐する将校(自衛隊でいう幹部)のことを指し、主に事務的な仕事を担うとされている。

     作者・数多久遠氏は元航空自衛官であり、自身も副官経験を持つ。そんな同氏に副官経験で得たものを尋ねてみた。

    【数多久遠(あまたくおん)】
    小説家、軍事評論家。元航空自衛官で、副官の経験もある。自衛官時代から小説を書き始め、退官後の2014年にデビュー。著書に『航空自衛隊 副官 怜於奈』シリーズ(ハルキ文庫)がある。南西航空方面隊司令官付「副官」として、思ってもみなかった任務に就く主人公・斑尾怜於奈2等空尉の活躍を通じ、自衛隊が日々直面するトラブルや人間模様を描く

    事件は現場だけで起こっているのか?

     副官の活躍を描くという珍しいテーマの『航空自衛隊 副官 怜於奈』シリーズ。

     作者である数多久遠氏は、そもそもなぜこの作品を書こうとしたのだろうか。自衛隊の日常の姿を書きたかったと語る数多氏だが、ある「名ぜりふ」への疑問も影響したという。

    「映画『踊る大捜査線』(1998年公開・東宝)の中に、『事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ』という、とても有名なせりふがあります。

     当時、現役の副官だった私は違和感を覚えました。自衛隊でも、そしておそらく警察でも、司令部が動かないと現場も動けない。『事件は会議室でも起きてるんだ!』ということを言いたくなりました」

     そこで数多氏はアンチテーゼとして、日常に起こる事件を通じて「司令部を描く」ことを考えたそうだ。

     ただし、主人公を司令官や幕僚など、事情をよく分かっている人の目線で描くと、読者には分かりづらくなり、基本的な説明もできない。そこで、司令部のトップレベルの内情を見ることができ、かつ『素人』である新人の副官を主人公にしようと決めたという。

    完璧主義は貫けない。見切りと決断が重要

    画像: 指揮官である航空総隊司令官(現・内倉空幕長・左端)の視察に随行するため、航空機に乗り込んだ当時の副官(任期2022年4月~23年4月)の野木孝則3等空佐(右端)。機内でも常に指揮官の近くにいて、いつでもサポートできる態勢だ

    指揮官である航空総隊司令官(現・内倉空幕長・左端)の視察に随行するため、航空機に乗り込んだ当時の副官(任期2022年4月~23年4月)の野木孝則3等空佐(右端)。機内でも常に指揮官の近くにいて、いつでもサポートできる態勢だ

     数多氏は副官時代、組織を動かす司令官をサポートし、庶務、総務的なことから、場合によってはスピーチライターや司令官の目や耳となってちょっとした調査を密かに行うことまであったという。

     全ては、重大な責任を負う司令官がきちんとした決断を下せるよう環境を整えるために仕事をしていたそう。

    「悔悟の思いはあっても、当時の自分が副官として役に立てたという思いは、正直言ってありません。でも、やって良かった。私にとって自衛官時代で一番印象深い仕事でした。副官として部隊を動かす大変さを学び、ある意味で作家になるきっかけを得たときでしたね。副官時代に知ったことを、より多くの人に分かってほしいと思ったのが、作家に転向した理由ですから」

     最後に、副官時代に磨かれた能力について聞くと、このような答えが返ってきた。

    「決断力、ですね。副官にはたくさん処理しなくてはいけないことがあり、次から次へとイレギュラーな出来事も襲ってきます。全てに締め切りがありますから、1つひとつを完璧にこなすことはできません。どこかで『ここまででいいか』と見切らねば次に進めないんです。副官という配置は、完璧主義者がつぶされてしまう場所なんです」

     副官として過ごした2年ほどは、自衛官として、人として、大いにその人間力が磨かれた期間だったと、数多氏は語ってくれた。

    (MAMOR2024年2月号)
    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

    指揮官を支える自衛隊・副官という任務

    <文/臼井総理 撮影/星 亘 写真提供/防衛省>

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