自衛隊には、指揮官を補佐する「副官」という任務があるが、一般的にはあまり知られていないのではないか?
そもそも「副官」とは、軍隊において司令官などの指揮官を補佐する将校(自衛隊でいう幹部)のことを指し、主に事務的な仕事を担うとされている。
副官の具体的な任務の内容は、仕える指揮官の役職によって大きく変わるという。そこで、現在航空自衛隊のトップを務める航空幕僚長・内倉浩昭空将の職歴をたどって、各役職でサポートしてきた歴代の副官3人が集結。当時の仕事について語ってもらった。
【内倉浩昭 空将】
戦闘機パイロットの現・航空幕僚長。鹿児島県出身。第37代航空幕僚長。F-15パイロットを経て第5航空団司令兼新田原基地(宮崎県)司令、防衛装備庁長官官房装備官、航空幕僚副長、航空総隊司令官などを歴任(写真中央前)
【山田展司 2等空佐】(写真右)
任期2022年8月〜23年8月航空幕僚長の副官。熊本県出身。特技は高射整備。2022年8月から井筒俊司前航空幕僚長、そして23年8月まで内倉空幕長の副官を務めた。過去にも補給本部長副官を務め、副官を2回経験している
【眞野雅弘 2等空佐】(写真中央後ろ)
任期2012年12月〜14年3月第5航空団司令の副官。愛知県出身。特技は航空機整備。2尉時代に副官を経験。当時、司令に感化されてフルマラソンにお供したこともあったという。現在は航空幕僚監部人事教育部補任課に勤務
【坂田和臣 2等空佐】(写真左)
任期2021年3月~22年4月航空総隊司令官の副官。熊本県出身。特技は情報通信。同じ自動車に乗り、約500キロメートルを移動したときに司令官と交わした会話が思い出に残っているという。現在は航空幕僚監部防衛部防衛課に勤務
指揮官の立場の違いで副官の気遣いも変わる
――今回、内倉空将の歴代副官に集まっていただいたのですが、3人が一堂に会するのは初めてだと伺いました。副官の間で代々申し送りしていることなどはありますか? 副官同士だけでこっそり受け継がれている情報とか……。
山田・眞野・坂田:(それぞれほほ笑むが答えない)
内倉:何もないわけないでしょう。何でも言っていいんだよ(笑)
山田:(大きな声で)あります!
一同:(笑)
眞野:そうですね、お酒を飲まれるときに使う胃薬の銘柄とか……。
山田:講話の前に必ず使う喉の薬もありましたね。
内倉:あと、コーヒーの好みの話はしているはずです。私は、1日必ずコーヒーを4杯飲むので。
山田・眞野・坂田:(うなずく)
――では本題に入ります。皆さんは内倉空将がそれぞれのお立場にあったときの副官でいらっしゃいますが、その役職の副官ならではの特徴的な任務はありましたか?
眞野:この中では私が最初で、内倉空将が5空団司令、新田原基地司令の時代でした。基地のある宮崎をはじめ、地元九州の皆さんとの接点が多かったのが特徴だと思います。
主に司令室で公務に就くというイメージを持っていましたが、外部の方、地域や自治体の方と共にする公務が多かったですね。外部の方から見ると、自衛官は威圧的に見られてしまいがちと聞き、自衛隊風の固い言葉遣いなどを改めるのには気を使いました。
内倉:私の地元が隣の鹿児島ということもあり、宮崎の方とはまた違う文化が背景にありましたので、地元の方に教えを請いながら接していましたね。その点、眞野2佐はうまく溶け込んで、私よりも人気があるくらい。地域との連携は上手にやってくれました。
眞野:特徴的な仕事というと、司令の立場では外部で講話をされることも多く、そのための準備や事前の資料収集が多かったですね。
内倉:これは3人共通だと思いますが、講話のときに映写する写真であるとか、そういった資料の収集はたくさんやってもらいましたし、大変だったでしょうね。
――坂田2佐、どうでしょう。
坂田:総隊司令官は、もう少し時間に余裕があると思っていましたが、実は逆で、分刻みのスケジュールが続き、ハードスケジュールをこなされていたのが印象的でした。
多岐にわたる案件や突発的な幕僚の報告などもあり、隙間のないスケジュールを縫って、司令官の思考環境が複雑にならないよう調整するのは大変でしたね。
内倉:坂田2佐は大変だったと言っていますが、彼の調整に不満があったことはありません。完璧でした。ITやインターネットに強く、オンライン会議などの設定や対応が得意だったのでとても助かりました。それに彼の時代は、コロナ禍での苦労もあったでしょう。
――山田2佐は航空幕僚長の副官ですが、いかがでしょう?
山田:航空幕僚長ともなると、やはり世界が変わります。最初は面食らいましたね。空幕長は、空自のみならず、自衛隊、さらには日本を代表していろいろな方と会うので、各国軍の参謀長クラスや、大使などお客さまのレベルが段違いです。
何か不都合があると国の威信にも関わるので、私自身の身だしなみをはじめ、会見場のセッティング、レセプションでの動き、大勢のパーティーで誰がどこにいらっしゃるかをチェックするなど、気を使うところが多かったですね。スタッフ皆で考えを出し合いながら任務に臨みました。
内倉:空幕長として約4万4000人の航空自衛官をまとめる立場となりますから、副官の彼にも同様に重圧がかかっていたと思います。指揮官の立場が上になるほど関係するスタッフの数も増えるので、副官の任務や責任の違いも変わるということです。
――内倉空将に伺います。副官に求められるものは、指揮官の仕事内容によっても変わるのは当然ですが、共通して必要なスキルはなんでしょうか?
内倉:副官には、3つのマネジメント能力、タイムマネジメント、セルフマネジメント、そしてインフォメーションマネジメントが求められます。
タイムでいえば、長い時間を取ることは難しくても、5分10分といった隙間時間ならつくれるはず。これをどう活用するかがポイントです。
セルフマネジメントは、心身のバランス、家族との関係も大切にしてほしいということ。
そして最後のインフォメーションマネジメントは、たくさんの秘密に触れる副官だけに「口を閉じる」こと、つまり情報の管理が重要ということです。
副官になった者だけが得られる特別な経験
――副官経験者の3人に伺います。副官の「役得」はありましたか?
眞野:私の場合、まだ自衛隊に入って5年くらいでしたから、司令を模範に、いろいろなことを学びました。特に見取り稽古をさせてもらった司令の外部での立ち振る舞いは、今でもとても役立っています。礼儀作法や心遣いなど、内倉空将をお手本にしています。
坂田:月に1〜3回の出張にお供できたのは副官ならではのうれしい役得でした。コロナ禍で少なかったとはいえ、司令官の部隊視察や地方自治体の方との交流の場などに随行でき、いろいろな所を見られましたし、各基地の昼食を食べられたのも思い出です。
山田:私は、空幕長に随行して国外の仕事も経験させていただいたことが大きかったですね。23年7月に同行したモンゴル出張などは特に印象に残っています。また国内でも、空幕内の業務について幅広く知識を得ることができたのは、副官ならではの経験だったと思っています。
――副官という任務は、一言で言うとどんな任務でしょうか?
山田:「すご腕のコーディネーター」です。組織の上下左右をまとめ、指揮官の考えを中心に一致させる任務だと考えます。
坂田:隊員と指揮官をつなぐ「ラストワンマイル」(注)の気遣いの仕事人です。指揮官にいかに余計な心配やストレスなく任務に臨んでもらえるかを考慮し、指揮官と隊員、指揮官と地域の方を結び付ける、最後のキーポイントが副官だと思います。
眞野:「空気のようなもの」です。空気は存在感こそありませんが、ないと温度やにおい、そして雰囲気が伝わらない。常に指揮官と共にいる副官は、指揮官の意思や気持ち、そこに至る物事の背景をつかみとり、それを共有できます。指揮官のもと、組織を一丸にさせる役回りが副官だと思います。
(注)物流業界で多く用いられる表現で、客に21物やサービスが到達する物流の最後の区間(接点)を意味する
――皆さんが副官時代に得たものは何ですか?
山田:多くの人との関わりの中で、空幕長がどうやってお付き合いしていくかを傍らで見られたことです。特に、外部との信頼強化の大切さを学びました。
坂田:普段の勤務では、到底経験できないことを体験できたことです。ほかでは見られない世界や、指揮官の思考や行動を見ることができ、今後の自衛官生活の貴重な糧になったと思っています。
眞野:副官時代、いち若手2尉として、さまざまなつながりが一気に広がっていったことが大きかったですね。一番学んだのは、人とのつながり、接点を大切にすること。立場に関係なく、常に1人の人間と1人の人間とで接することの大切さを司令から学びました。
――最後に、内倉空将に伺います。彼らが副官時代に身に付けたものを、今後の自衛官人生にどう生かしてほしいですか?
内倉:副官は、指揮官の視点と同じ規模感で組織を見られる貴重な立場です。また、幕僚や隊員からの認知度も高く、副官の周りには人も情報も集まります。
若くしてそのポジションにいられるのはとても貴重な機会でしょう。そこで得たものは、自分自身で生かすだけでなく、ぜひ下の世代に受け継いでいってほしいとも思います。
(MAMOR2024年2月号)
<文/臼井総理 撮影/星 亘 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです