•  2024年のパリオリンピックに焦点を当て、毎日練習に励む自衛隊体育学校所属のアスリートを紹介。日本の活躍を祈り、みんなで応援しよう!

    【柔道 (70キログラム級)新添左季(にいぞえさき) 2等陸尉】

    1996年生まれ。奈良県出身。両親・兄・弟の5人家族。テレビっ子で、バラエティーやドラマ、アニメを見るのが好き。会ってみたい芸能人はお笑いコンビ・サバンナ。好きな食べ物は揚げ物全般、嫌いな食べ物はピーマン。自身を動物に例えると、キリン。「首が長く、よくみんなに言われるからです(笑)」

    種目解説「柔道」

     1964年東京大会よりオリンピック競技として採用。前回大会までに金・銀・銅計96個のメダルを獲得し、日本のお家芸といわれている。

     男女共に体重別の7階級で実施。試合時間は4分で、どちらかが一本を取った時点で試合終了。技が決まっても一本となる条件を全て満たせていない場合は、技ありとなる。なお、技あり2回で、一本と同等の評価となる。

     試合時間内に両者とも一本が取れなかった場合は、技ありのスコアで勝敗を決める。決着しない場合は、時間無制限の延長戦を実施。一本、技ありを取るか、反則があった時点で勝敗が決まる。

    日本代表として試合で魅せ、経験を伝え、柔道の魅力を広めたい

     2022年タシケント世界選手権大会銅メダル、23年ドーハ世界選手権大会優勝。世界の舞台で結果を残し、パリオリンピックの切符をつかんだ新添2尉。

    「外出するのが面倒で、家で過ごすのが好き」と話す彼女が、ここまで柔道を続けてこられたのは「柔道が好き」という熱い思いがあったからだ。

     兄の影響で柔道を始めたのは、小学1年生のころ。勝負へのこだわりはあまり強くなく、純粋に柔道を楽しんでいたが、名門の山梨学院大学入学を機に才能が開花する。

    「自分のことは自分でやるという環境が合い、結果が出始めました」

     当時、12戦全敗だった相手に初めて勝利し、初の海外試合も経験。「柔道の世界が急に広がった」という。

     卒業後は、練習環境やコーチに引かれて自衛隊体育学校へ入校。

    「練習環境はすごくいいです。出稽古がメインで、毎回違う相手と稽古ができ、内容の濃い練習ができています」

     国際大会の日本代表に選ばれるなど、順調だった柔道人生に陰りが見えたのは、新型コロナウイルス流行の少し前。

    「コロナ前から勝てなくなり、代表での出場機会も減って、限界かもしれないと思いました。今は仕事として柔道をやっているので勝てないと意味がありません。勝てなくて悩むのは、このときがほぼ初めての経験でした」

    オリンピックでは、「投げ」に注目してほしい

    画像: オリンピックでは、「投げ」に注目してほしい

     そんな中、コロナの影響で試合もできない日々に。しかし、この期間が自分を見つめ直す機会になったという。

    「練習時間も限られ、研究をするしかありませんでした。ただ、苦手な部分を研究したことで、コロナ明けの試合から少しずつ勝てるようになりました。この期間がなかったら、今、ここにいなかったかもしれないです」

     本来の強さを取り戻し、パリオリンピック代表の座を勝ち取った。

    「世界選手権で優勝して、監督から『代表に推薦する』と言われていましたが、発表まではそわそわしていて、内定したときはうれしさよりも安心感のほうが大きかったです」

     オリンピックの舞台では、強みである「投げ」に注目してほしいという。

    「きれいに相手を投げられるよう組み手を研究しているので、その技を見てほしいです」

     さらに将来は、子どもたちに柔道の魅力を伝えていくという夢もある。

    「長く柔道を続けてきたので、自分の経験を伝えて柔道を好きになってほしいです」

     好きなことはとことん突き詰める、探求心の強さが長所。大好きな柔道を極め、広めるために、これからも一途に柔道と向き合っていく。

    <文/ナノ・クリエイト 撮影/村上由美>

    (MAMOR2024年1月号)

    オリンピックを目指す自衛官アスリート

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