自衛隊には、スイーツの作り方を教える学校から、デザートのコンテストまであると知っていましたか? フランス軍やイタリア軍のレーション(戦闘糧食)の一部には、デザートが付いているそう。
そんな世界の軍隊とスイーツの関係について、長年、各国の軍隊を取材してきた大久保義信氏にリポートしてもらおう。
1990年代の取材情報に加え、現状についても付記していただいた。「国防任務には甘さが必要」なのは、グローバル・スタンダードのようだ。
外国軍のレーションには「スイーツ」が含まれていることが多い
砂糖のエネルギーは、穀物の主成分である炭水化物とほぼ同じ、1グラム当たり約4キロカロリー。
しかも消化吸収が早い砂糖は、素早くエネルギー源となり、疲労回復やリラックス効果が高いため、軍隊には不可欠の“戦闘糧食”なのだ。
アメリカ陸軍:寒冷地の部隊のスイーツは独特
寒冷地用スイーツは、フルーツスープ(ストロベリー)、ココア、レモンティー、オートミールクッキー、シリアルバー、チョコバー、ナッツ&レーズンミックス。
「寒冷地ではレトルト食品は凍ってしまいます。調理が難しいため、カロリーは飲み物で補給します。飲み物は水さえあれば簡単に作れますから。
ちなみに近年のアメリカ陸軍の寒冷地用ではない一般用レーションにも、ピーナツバター、ジャム、チョコレートなどが用意されています」
イギリス軍:想像よりおいしい「24時間レーション」
キャンディー(メロン、オレンジ、レモン、グレープ味の4種類で計12個)、ラム&レーズンチョコ、ブラウンビスケット、ミルクティー。イギリス軍では「24HOUR RATION」と呼ばれているものだ。
「食事がまずいと言われがちなイギリスなので、意外に思う人もいるかもしれませんが、イギリス軍のスイーツはどれもおいしい。
特にラム&レーズンチョコは秀逸でした。キャンディーは同じ味では飽きるので、複数種類の味を入れてあるようです。写真にはありませんが、イギリス料理の定番の1つで、レトルトパックの『糖蜜のプディング』も甘くて美味でした。
近年のレーションでも、プディングは紅茶とともに味わえるようです」
オーストラリア軍:心身を癒やすスイーツは大人気
スイーツは、コンデンスミルク、フルーツ缶(ナシ)、キャンディー2個、ガム、ジャム、チョコレート。
「オーストラリア陸軍のレーションは装甲車に保管されていて、隊員が好きなものを自分で取っていくスタイルです。
その際に、まず最初になくなってしまうのがスイーツ。やはりストレスがたまったり疲労が著しい環境では、体がスイーツを欲するのでしょうね。
近年の演習でもチョコレートを食べる様子が報じられています」
イタリア軍:美食の国はスイーツにもこだわりが
「質・量ともに満足できる」と自国の兵士から高評価のレーションだが、スイーツも充実。
フルーツゼリーバー(ストロベリー、アプリコット)、チョコバー、コンデンスミルク、コーヒーというラインアップだ。
「コンデンスミルクは直接なめたり、コーヒーに混ぜたりと、使い勝手がいい。カロリーも高く携行食として優秀です。イタリア軍は駐屯地にジェラートマシンを設置していて、さすがと思いました」
まだまだある!「軍隊スイーツ」こぼれ話
戦時下の前線など、過酷な環境だからこそ、人は心の癒やしであるスイーツを求めるのだろう。
ここでは、軍隊とスイーツにまつわるさまざまなエピソードを紹介しよう。
アメリカ海軍の艦には「ゲダンク・バー」あり
「ゲダンク・バー」とは、アイスクリーム・パーラーのことで、アメリカ海軍の中~大型艦の艦内にも備えられ、兵士に最も人気のあった場所の1つだという。
『第二次世界大戦 あんな話こんな話』(J・F・ダニガン/A・A・ノーフィ著 文藝春秋)によれば、アメリカ海軍には「水兵はアイスクリームを、好きなだけ食べてよい」という不文律があったため、常にゲダンク・バーには行列ができていたそう。
あるとき、並んでいる水兵たちより階級が上の新任少尉2人が、「上官優先」と言いながら列の先頭に入ろうとしたとき、「割り込むな、順番を守れ!」と大きな声が列の後ろから聞こえ、その声の主が、辛抱強く並んでいた海軍大将だったという逸話がある。
「ゲダンク・バー」においては、階級は関係なく、「誰もが平等」だったのである。
戦争映画にも登場し、軍人を癒やしたチョコ
映画『遠すぎた橋』(1977年制作/イギリス・アメリカ)は、第2次世界大戦後期に行われた、連合軍の空てい作戦「マーケット・ガーデン作戦」が題材。
捕虜となったイギリス空てい部隊の指揮官に、ドイツ軍将校が「アナタの国の補給品です」と、イギリス製チョコレートを差し出し、指揮官が作戦失敗の苦みを飲み込むかのように黙ってかじるシーンがある。
また、『スターリングラード』(93年制作/ドイツ)では、第2次世界大戦中、ナチスドイツとソビエトの間で繰り広げられたスターリングラード攻防戦の最中、氷点下でソ連軍に包囲され、栄養失調と低体温症で瀕死のドイツ兵が、空中投下された補給コンテナの中から缶入りチョコレートを見つけ、夢中で頬張るシーンがある。
この缶こそが、チョコマニアに有名な「ショカコーラ」だ。
日本でも買える! 戦時下の外国軍の甘いレーション
外国軍の甘いレーションの一部は、日本でも手軽に買える。本当に元気が出るのか、癒やされるのか、試してみたい方はどうぞ。
お口でとろけて手にとけないアメリカ軍の「M&M’SR」
M&M’SRは、1941年にアメリカの食品会社マースが、アメリカ軍兵士向けに発売したチョコレート。
その少し前に、戦争下のスペインを訪れたM&M’SR創業者が、兵士たちが砂糖でコーティングされた粒状のチョコレートを食べている場面に遭遇。
チョコレートが手の熱で溶けるのを防ぐアイデアに触発されたのが開発のきっかけだった。太平洋戦争に突入すると、暑さに強いM&M’SRは重宝された。
50年代以降は、「お口でとろけて、手にとけない」のキャッチフレーズで一般に広く浸透。
82年には、スペースシャトルに乗って、世界初のチョコレート宇宙食として宇宙へ飛び立った。
カフェインの含有量が多いドイツ軍の「ショカコーラ」
ドイツのチョコレート「ショカコーラ」は、覚醒成分であるカフェインが、通常のチョコやエナジードリンクと比べ、多く含まれていることから、第2次世界大戦中、ドイツ軍がレーションとして採用したという逸話を持つ。現在、復刻版が販売されている。
「ショカコーラ」の語源は、ドイツ語で「Schokolade」(チョコレート)+「Kaffee(コーヒー)」+「Kolanuss(コーラナッツ)(注)」の3つの単語の組み合わせ。
初登場は1935年で、翌年開催の「ベルリンオリンピック」で選手のパフォーマンスを向上させるための「スポーツチョコレート」として正式に導入された。
(注)アオイ科コラノキ属に分類される常緑樹の種子で、カフェインなどを豊富に含む。
【大久保義信】
1963年生まれ。茨城県出身。軍事アナリスト、月刊『軍事研究』(ジャパン・ミリタリー・レビュー)編集部所属。著書に『戦闘糧食の三ツ星をさがせ!』(潮書房光人新社)など
(MAMOR2023年9月号)
<文/真嶋夏歩 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです