陸・海・空各自衛隊には、オリンピックなどの国家的な儀式や式典での演奏、訓練時や実任務中に隊員の士気を高揚させるための演奏をしたり、一般国民向けのコンサートや、各種イベントでの演奏などで自衛隊を広報する活動、そして国際親善などを目的とした演奏を行う「音楽隊」が、全国に合計32部隊ある。
もちろん、世界にも多数の軍楽隊がある。200年以上の歴史を持つ国から、数年前にできたばかりの国もあるくらいだ。なぜ、軍隊には軍楽隊が必要なのだろう? 自衛隊音楽隊はいつ誕生し、外国の軍楽隊と比べてどのような特徴があるのだろう? 軍楽史研究家で、元海上自衛隊東京音楽隊長の谷村政次郎氏に聞いてみた。
軍隊あるところ軍楽隊あり軍楽隊の歴史
今や陸・海・空各自衛隊の音楽隊はそれぞれの持ち味を生かして、海外での演奏機会が増えたり、各国軍楽隊との交流などを通じて技量の高さが広く海外にも知られるようになった。ではなぜそうなっていったのかその歴史を見てみよう。
そもそも軍隊には軍楽隊(音楽隊)は付き物だ。その歴史は古く、古代ローマ時代の軍隊にも存在したという。
「はじめはラッパや太鼓、ドラなどを使い、大勢が組織的に行動するための合図を送ったり、自軍の士気を奮い立たせるために音を鳴らしたりするために設けられたといわれていますが、通信手段の高度化などによって音楽演奏を目的としたものに変わっていった」と説明する谷村氏。
では現在の形に近い軍楽隊はいつごろできたのか。「17世紀のフランスで成立したとされています。儀式での演奏や、隊員の娯楽のための演奏を行うことが中心となっていったのです。日本でも、幕末に洋式軍隊とともに鼓笛隊が導入されました。
軍楽隊につながるものは、1869(明治2)年に薩摩藩士32人が、横浜駐屯のイギリス陸軍軍楽隊長フェントンから、指導を受けたのが始まりです。
72年、旧海軍と旧陸軍が軍楽隊を編成し、旧海軍はドイツ式、旧陸軍はフランス式を採用、それぞれの本国から指導者を招聘し日本の軍楽・吹奏楽の礎を築いて終戦まで続きました」。日本の吹奏楽は、このようにして始まったと谷村氏。
警察予備隊・海上保安庁から始まった音楽隊
1954年、保安庁の設置により自衛隊が創立されたが、音楽隊はどのように誕生したのか。
「51年8月、自衛隊の前身となる警察予備隊が1周年を迎えるのに合わせて音楽隊が結成されました。同年4月に旧陸軍軍楽隊出身者3人の幹部を核として、隊員は警察予備隊内から希望者を募集。ほとんどが吹奏楽未経験者で、歯列や音感などを調べて適任者を選んだそうです。
同じく51年の1月に旧海軍軍楽隊出身者を隊長として海上保安庁内に未経験の希望者と3月に高校を卒業する吹奏楽部員、市井のバンドマン、旧海軍軍楽隊出身者を集めて結成したのが後の海上自衛隊音楽隊です。
空自は、航空自衛隊発足後に浜松基地で音楽愛好家のクラブ活動として始まったものに、57年、陸自中央音楽隊から副隊長と2人のプレーヤーが転官して本格的編成に取り組んだのが元となっています」と谷村氏。
世界の軍楽隊にひけをとらない自衛隊音楽隊
自衛隊音楽隊が大きな注目を集めたのは、64年に開催された東京オリンピック。ファンファーレ、入場行進曲、式典奏楽、表彰式の各国国歌演奏など、警察・消防音楽隊と共に参加、実力を披露した。
オリンピック前に、自衛隊音楽隊の演奏で文化放送から『マーチとともに』というラジオ番組が放送され、行進曲ブームが起こった。 同名の番組がフジテレビで放映され、70年『世界のマーチ』として海外でも取材されたことから外国の軍楽隊と自衛隊音楽隊が番組で競演した。収録のための演奏会が各地で行われ、自衛隊音楽隊と行進曲の注目が高まり、LPレコードが多く発売された。
発足当初は吹奏楽未経験の隊員もいた自衛隊の各音楽隊だが、近年では音楽大学出身者で占められるようになり、演奏技術は欧米の一流と目される軍楽隊と比べてもそん色ない、と谷村氏は語る。
「演奏技術もさることながら、諸外国から評価が高いのは『ドリル』ですね。演奏しながら隊形を整然と変えていく動作は、フットボールのハーフタイムショー的な演出でアメリカ的ですが、曲線の動きが柔らかく見事です。欧州各国は直線の動きが多くいかにも軍楽隊という印象です」
日本同様にスクールバンドが盛んなアメリカは、学校教育で吹奏楽に親しむ者が多いが、欧州ではほとんどないようである。アメリカでは、ワシントンと士官学校に「スペシャル・バンド」と呼ばれる特別編成の軍楽隊が置かれている。
音楽大学から直接隊員を採用し、軍事訓練なしに下士官の階級を与えて優秀な人材を確保するシステムを持つなど、かなり軍楽隊に力を入れているという。
「アメリカ、イギリス、カナダなどでは軍楽隊員を養成する軍楽学校が充実していますし、イギリス、フランス、イタリア、ベルギー、ドイツなどは歴史も古く、レベルの高い楽隊があります。軍楽隊も各国ごとに目的や組織、人材育成方法が異なりますので一口には言えませんが、諸外国のレベルからみても自衛隊はかなり高いレベルにあります」
国際交流を重ねてレベルアップしてきた歴史
58年、海自練習隊群(現在の練習艦隊)が、第1回遠洋練習航海を実施。復活した“ジャパニーズネイビー”にとって最初の海外訪問であった。
以降、毎年、遠洋練習航海が行われ世界各国を訪問。音楽隊も第1回から参加し、各国の軍楽隊と交流を続けてきたほか、観艦式や各種共同訓練にも音楽隊が派遣されてきた。
「音楽隊の海外派遣は、長らく海自の独壇場でしたが、航空中央音楽隊は99年にアメリカ・ワシントンとカナダ・ハリファックスの『ノバスコシア・タトゥー(軍楽祭)』に派遣され、陸自中央音楽隊は2002年に韓国のウォンジュを訪問したのを皮切りに各音楽隊は海外訪問を重ねています。また、14年に海自東京音楽隊がノルウェーのタトゥーに参加のため初めて民間機で海外を訪問しました」
海外での演奏機会や、各国軍楽隊との交流機会が増えるに従い音楽隊の技量の高さが広く海外にも知られるようになったと谷村氏。
「各音楽隊は、それぞれの持ち味を発揮しています。日本らしさを強調するドリルと演奏で、大喝采を受けています。自衛隊が参加することでそのタトゥーのステータスが上がるともいわれるほどです」
音楽隊が行っているのは、演奏交流だけではなく中央音楽隊は、15年からはパプアニューギニアの軍楽隊に向けた能力構築支援を行っており、現地での軍楽隊の立ち上げ支援から演奏指導などを実施。こうした形での国際貢献も行っているのだ。
昔の軍楽隊は大きな音で敵を威圧し、味方の士気を鼓舞することを主な任務としていたが、現代では海外派遣などを通して、日本の安全保障環境を安定させるために欠かせない存在なのだ。
【谷村政次郎氏】
軍楽史研究家、東京都出身。1957年都立駒場高校卒業後、海上自衛隊音楽隊入隊、第11代東京音楽隊長、94年2等海佐で退官、著書『「軍艦マーチ」の誤解と真実』(産経NF文庫)ほか
<文/臼井総理 写真提供/防衛省>
(MAMOR2023年8月号)
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