陸・海・空各自衛隊には、オリンピックなどの国家的な儀式や式典での演奏、訓練時や実任務中に隊員の士気を高揚させるための演奏をしたり、一般国民向けのコンサートや、各種イベントでの演奏などで自衛隊を広報する活動、そして国際親善などを目的とした演奏を行う「音楽隊」が、全国に合計32部隊ある。
自衛隊音楽隊は実にさまざまな活動をしている。民間のプロ・オーケストラに引けをとらない数のコンサートをこなし、自衛官としての訓練を行い、災害が起きれば派遣活動をする。
音楽家である前に、国を守る自衛官の舞台は部隊である。この記事では航空自衛隊音楽隊の活動の一例を紹介しよう。
航空自衛隊の音楽隊は自由な気風を反映し幅広いジャンルを演奏
陸自、海自に約10年遅れてスタートした航空自衛隊の音楽隊。防衛大臣直轄部隊で、約50人の演奏者で編成された航空中央音楽隊のほかに、4つの航空方面隊(北部、中部、西部、南西)の音楽隊がある。
空自の航空中央音楽隊では、年間で約50回の演奏活動を実施している。各地方の航空方面隊の音楽隊ともども、空自の音楽隊の特徴は、自由闊達といわれる空自の気風を体現するように、吹奏楽ではあまり演奏されないジャンルの楽曲にもチャレンジしているところにある。
クラシックやオペラ、ジャズ、ソウル、ポピュラー・ミュージック、歌謡曲、演歌……と幅広く演奏しているのだ。技術の評価も高く、航空中央音楽隊は1992年に、優秀な軍楽隊に贈られる国際的な賞「ジョージ・ハワード大佐顕彰優秀軍楽隊賞」など数々の賞を受賞している。
映画の『トップガン マーヴェリック』のプロモ映像に出演協力
航空中央音楽隊は、2022年に公開された映画『トップガン マーヴェリック』のプロモーション用特別映像の撮影に出演協力している。出演したのは、同作の主役・トム・クルーズの吹き替えを務めた声優の森川智之さんが、吹き替え版キャストを発表するというプロモーション用の映像だ。
百里基地(茨城県)の駐機場を舞台に、第7航空団のパイロットと整備員たちとともに航空中央音楽隊の隊員たちが画面に登場。『トップガン』のオープニング・テーマ曲『Top Gun Anthem』を演奏する様子を披露している。
演奏場面では、ギターソロなども映し出され、勇壮さを感じさせる映像の盛り上げ役として見事に画面に収まり、人気のある映画を通して空自の広報活動に寄与している。
東京五輪聖火リレー到着式で演奏
航空自衛隊は2020年、「東京2020オリンピック」の支援活動として、「聖火リレー 聖火到着式」を松島基地(宮城県)で開催。ギリシャ・オリンピア市のヘラ神殿跡で採火された聖火が到着するというこの式典では、ブルーインパルスがカラースモークで五輪を描く展示飛行が行われた。
聖火皿に点火される際には、航空中央音楽隊が『HoPe Lights Our Way』や『東京オリンピックマーチ』、『空の精鋭』などを演奏。新型コロナウイルスの世界的な流行のため、翌年に延期となったオリンピック開催の気運を高める役割を担った。
さまざまな学校に赴き演奏技術指導を行う
空自の音楽隊では、各自治体などからの依頼による、各種教育機関での音楽鑑賞教室や吹奏楽部への技術指導を行っている。
例えば、2021年には中部航空音楽隊が、群馬県立伊勢崎商業高校吹奏楽部に演奏技術の指導を実施。「コロナ禍で練習もままならない生徒たちに専門的な指導を」という同校の吹奏楽部顧問の先生から依頼を受けて、隊員たちが派遣された。隊員は楽器のパートごとに呼吸法や姿勢、演奏方法について丁寧な技術指導を行った。
こうした技術指導では、真剣なまなざしで隊員たちの話を聞き、技術を習得しようと練習に励む学生たちの姿が、どの学校でも見られるという。その中から「自衛隊に入りたい」という学生が出てくるかもしれない。
大相撲の千秋楽で『君が代』を奏でる
日本の国技といわれる大相撲。空自の音楽隊は、その千秋楽という晴れの場でも度々、演奏を披露する。両国国技館(東京都)での開催の場合は、最上部の席に陣取り、“満員御礼”の観客に向けて音を奏でる。
メインとなるのは国歌斉唱での伴奏だが、優勝力士への表彰式や優勝パレードの出発の際にもマーチなどを演奏。国技館に自衛隊の吹奏楽団が出演するという取り合わせの妙もあり、演奏の際には一気に観客の注目を浴びる。
なお、過去には年6回、開催される大相撲の全ての本場所で自衛隊の音楽隊が演奏したこともある。
競馬のGIレースでファンファーレ演奏
日本中央競馬会が主催する最高峰のレース「GI」の出走前に流れるファンファーレ。レース直前に曲を流すのは、海外の競馬では見られない日本特有の文化だ。
2022年の秋の天皇賞と有馬記念のファンファーレは空自の航空中央音楽隊が演奏した。ファンファーレを演奏すると観客は手拍子を打ち始め、直後にはじまるレースへの期待から、演奏後には地鳴りのような大声援が湧き上がるのが恒例となっている。
また、GIレースの当日は、航空中央音楽隊はファンファーレの生演奏に先立ち、ランチタイムに会場内で「お昼の演奏会」を開催。秋の天皇賞当日には、『クロマティック・マーチ』と『中央フリーウェイ』などを演奏し、競馬ファンを楽しませた。
「オランダ国際軍楽祭」に初参加し演奏
2018年、航空中央音楽隊はオランダ国防省の招待を受け、「オランダ国際軍楽祭(オランダ・ミリタリー・タトゥー)」に初参加。1954年から毎年開催されている軍楽祭で、この年にはオランダ陸・海・空軍の軍楽隊や警察楽団、ノルウェー軍とフランス軍の軍楽隊などが参加した。
航空中央音楽隊は、ブルーインパルスをイメージした楽曲『インフィニティ』や、『スーパーマリオブラザーズ』のテーマ曲、『ふるさと』などを演奏。
ほかにも、和太鼓や祭りばやしの演舞と楽団とのコラボによる『八木節』を披露した。最後に空自の行進曲『空の精鋭』で演奏を終えると、2万人を超える聴衆から大きな拍手が湧き上がった。
フランス国際軍楽祭に参加し各国の軍楽隊と交流
2022年、航空中央音楽隊はフランスのアルベールビルで開催された「第43回国際軍楽祭」にも初めて参加した。
会場となったオリンピックホールでの公演では、「新しい日本」をテーマにし、楽器を演奏しながら隊形をつくるドリル演奏を披露。行進曲『空の精鋭』からスタートしたパフォーマンスは、その一糸乱れぬマーチングで観客を魅了した。
終盤になり『オー・シャンゼリゼ』が演奏されると観客も合唱しはじめるといううれしいハプニングも。また、市中パレードでは、『ふるさと』などを演奏。沿道に集まった多くの聴衆から拍手と声援が湧き上がった。
<文/魚本拓 写真提供/防衛省>
(MAMOR2023年8月号)
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