陸・海・空各自衛隊には、オリンピックなどの国家的な儀式や式典での演奏、訓練時や実任務中に隊員の士気を高揚させるための演奏をしたり、一般国民向けのコンサートや、各種イベントでの演奏などで自衛隊を広報する活動、そして国際親善などを目的とした演奏を行う「音楽隊」が、全国に合計32部隊ある。
自衛隊音楽隊は実にさまざまな活動をしている。民間のプロ・オーケストラに引けをとらない数のコンサートをこなし、自衛官としての訓練を行い、災害が起きれば派遣活動をする。
音楽家である前に、国を守る自衛官の舞台は部隊。この記事では海上自衛隊音楽隊の活動の一例を紹介しよう。
自衛隊初の“歌姫”を誕生させた海自の音楽隊
陸自の中央音楽隊に次いで発足された海上自衛隊の音楽隊には、防衛大臣直轄部隊で、約50人の演奏者で編成されている東京音楽隊がある。また、各地域の5つの地方隊の隷下部隊として、横須賀と呉、佐世保、舞鶴、大湊にもそれぞれ音楽隊が編成、合計6つの音楽隊がある。
東京音楽隊では2009年に自衛隊で初となる専任の歌手を配属したことが話題になった。13年には、“海自の歌姫”と称される三宅由佳莉2等海曹の歌唱と東京音楽隊の演奏を収めたCD『祈り~未来への歌声』が発売。
同作はその年、「第55回日本レコード大賞企画賞」と「第28回日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」、「第6回CDショップ大賞クラシック賞」の3賞を受賞した。また、海自音楽隊では、初任幹部自衛官の実習を行う遠洋練習航海遠洋練習航海のために「練習艦隊司令部音楽隊」を毎年編成。各国の寄港地で式典や親善のための演奏を行っている。
【2等海曹 三宅由佳莉】
岡山県倉敷市出身。海上自衛隊東京音楽隊所属。2等海曹。ボーカル担当。「顔晴る」がモットー。自衛隊初の「歌姫」として活躍。
市民が参加するイベントにおいて音楽でエールを送る
東京音楽隊は、2008年から23年まで、日本最大規模の市民マラソンで、外国からの参加ランナーも多い「東京マラソン」の支援演奏を11回実施。コース沿いとなる防衛省の正門前で、目の前を走る市民ランナーに向け、音楽でエールを送っている。
23年には、行進曲『軍艦』や『明日があるさ』、『風になりたい』などのアップテンポな曲を11曲、約1時間半にわたりリピートで演奏。ランナーのみならず、沿道の観衆からも拍手や歓声があがった。なかには立ち止まって演奏に聴き入るランナーもいたという。
艦艇一般公開などイベントで演奏
海自では国際観艦式などがある際に、観艦式を盛り上げるイベントを「フリートウィーク」と称して行っている。そのなかには、主要都市の港に護衛艦を停泊させて、市民に艦艇内を公開するイベントを行っている。
護衛艦を間近で見られるチャンスとあって、多くの人が詰めかける人気のイベントだ。海自の音楽隊はここでも活躍。護衛艦をバックに演奏を披露して、観衆を魅了する。過去には基地だけでなく横浜赤レンガ倉庫(神奈川県)や木更津新港(千葉県)といった一般の施設や港でも開催している。
防衛大学校などの卒業式での演奏
主任務の1つにあるのが「儀式・式典演奏」。例えば、自衛隊の入隊式などでの演奏がそれにあたる。防衛大学校の入学式や卒業式での演奏をテレビニュースなどで目にしたことがあるだろう。
内閣総理大臣が臨席し、訓示を述べるという重要な式典での任務だ。2023年は東京音楽隊が演奏を担当し、国歌斉唱や学生歌斉唱の際に伴奏を務めた。1952年の防衛大学校開校時から音楽隊が、これから国家防衛を担う防大の卒業生を送り出すという大役の一端を担っているのだ。
民間の大型イベント、“ニコ超会議”に出演
IT関連企業ドワンゴが主催する人気イベント「ニコニコ超会議」に2017、18年と、2年連続で東京音楽隊が出演。“サブカルチャーの祭典”とも呼ばれる同イベントにちなみ、東京音楽隊は『艦隊これくしょんー艦これー』(注)や、パソコンによる音楽制作用の音声合成ソフトであるボーカロイド「初音ミク」の楽曲を演奏した。
演目の中でも喝采を浴びたのが、初音ミクの『ダンスロボットダンス』。三宅由佳莉2等海曹の歌とダンスパフォーマンス、4人の隊員による手旗信号の演出が会場を大いに沸かせた。同イベントに出展した海自のブースでは、来場者による自衛官の制服試着(コスプレ)も実施され、人気を博した。
(注)『艦隊これくしょんー艦これー』とは2013年にサービスが開始された、女性に擬人化された軍艦を育成するシミュレーションゲーム。
サッカー天皇杯決勝でオープニング演奏
2021年の「第101回天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会」の決勝戦では、試合開始前に東京音楽隊が演奏した。行進曲『軍艦』を奏でながら入場し、対戦する浦和レッズのチャント(応援歌)の『大脱走のマーチ』、大分トリニータのチャント『日曜日よりの使者』を新国立競技場に響かせた。
天皇杯の決勝にふさわしい演出に、両チームのサポーターは大興奮。会場を大いに盛り上げた。このほかにも、東京スカパラダイスオーケストラの『Paradise Has No Border』、ヴェルディ作曲で、サンバ風にアレンジされたサッカーの応援歌『アイーダ』も演奏。ちなみに、天皇杯での演奏は、陸・海・空各自衛隊が、年ごとに順番に行っている。
軍楽祭「バーゼル・タトゥー」に招待参加
東京音楽隊は、スイスで開催される軍楽祭「バーゼル・タトゥー2016」にイギリス海兵隊軍楽隊とともに招待参加した。「バーゼル・タトゥー」は、毎年6、7カ国から約20の軍楽隊、約1000人が出場し、10日間に及ぶ開催期間中に10万人以上の人が訪れるという音楽の祭典。
クライマックスには全楽団の出演者が勢ぞろいし、花火が打ち上げられるなか、観衆の割れんばかりの拍手と足踏みが起こる、圧巻のフィナーレとなることで有名だ。
東京音楽隊はこの軍楽祭の期間中、市街地でのパレードやメイン会場で演奏を披露。なかでも和太鼓の演奏や、三宅2曹が振袖姿で歌った『ふるさと』など、日本文化を感じさせる演目が観衆の注目を集めた。
カナダの国際軍楽祭でパフォーマンスを披露
東京音楽隊は、2019年にカナダで開催された国際軍楽祭「ロイヤル・ノバスコシア・インターナショナル・タトゥー」にも参加している。このイベントは「スイス・バーゼル・タトゥー」や「ノルウェー・ミリタリー・タトゥー」と並ぶ世界有数の軍楽祭だ。
東京音楽隊の本公演では「ジャポネスク」をテーマとし、奏者が行進曲『軍艦』に合わせてイカリのフォーメーションで回転するパフォーマンスを披露。その美しく精密なフォーメーションには、聴衆だけでなく他国の演者からも歓声があがった。
そのほか、市中パレードや会場前広場でのコンサートなどを行い、現地の人々とも交流を深めた。
<文/魚本拓 写真提供/防衛省>
(MAMOR2023年8月号)
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