世界各国にある日本大使館などには、軍事情報の収集や防衛協力の交渉などを行う「防衛駐在官」(以下防駐官)と呼ばれる自衛官が赴任している。防駐官は、現場でしか収集できない“生きた”情報を得るために、さまざまな交流を行っている。
日本の国益に資する情報を入手することが任務となる防駐官。情報を収集するには、当地の軍事関係者や各国の駐在武官らと信頼関係を築き上げることが重要だ。そのために駐在武官らを家庭に招待し、家族ぐるみでさまざまなおもてなしをしている。
前回では、防駐官とその家族が工夫をして取り組む、さまざまな“おもてなし”を紹介したが、このおもてなしに大切なことは何なのだろうか?
外務省勤務の夫の赴任に伴い、6カ国、延べ18年におよぶ海外生活を過ごし、自身もいろいろなおもてなしを体験した、料理研究家の二階堂多香子氏に、その極意を伺った。
責任感と覚悟を感じさせた防衛駐在官妻のおもてなし
外交官の夫人として海外赴任をしていた二階堂氏は、オーストラリアやイランなどで防駐官やその家族との交流がかなり頻繁にあったと話す。
「防駐官の奥さまは、赴任してすぐ、新しい環境に慣れる間もなく、他国の駐在武官団が集まるレセプションやお家でのおもてなしをこなされていました。ご自分に課されたミッションを自覚し、責任を果たそうという覚悟があると常々感心しながら拝見していました。茶道などを習ったり、和服も用意された話も伺いました。
おそらく事前の研修でも、語学はもちろんのこと、その国の文化や風習について、かなり勉強なさっていたのでしょう。それに、代々の防駐官によって引き継がれた、例えば日本の文化を紹介するためのちょっとした小道具や器、しつらいなども非常に素晴らしく、考え抜かれたものでした」
大切なのはお客さまが楽しみくつろいでくださること
日本人として、外国人をもてなす際に必要な心構えとは、一体どんなものなのだろうか。二階堂氏に聞いてみた。
「日本文化の象徴として、折り紙や着物、茶道や華道などが例に出されます。確かに、おもてなしのスキルとしては役立ちますが、どちらかといえばおもてなしをよりよいものにするためのプラスアルファの要素です。大切なのは、お客さまが私たちと一緒に過ごす時間を心から楽しみ、くつろいでくださることなのです」
おもてなしの心とは“相手に楽しんでもらいたい気持ち”と二階堂氏。
「例えばオーストラリアでは、どのお宅に招かれても、食事はシンプルなバーベキューでした。でも、それがワンパターンだとか、退屈に感じたことはありません。食事の内容は同じでも、人との触れ合いは毎回新鮮で、どこのお宅でも歓迎され、一緒に楽しみたいというホストの気持ちが、伝わってきたからです」。
型にはまらない“自分らしいおもてなし”をするには、自信も必要だと話す。
「おもてなしを重荷に感じないためにも無理は禁物です。背伸びする必要はなく、自分が楽しめる範囲のことから始めてみてはいかがでしょうか。自信がないままに頑張って着た着物よりも、心を込めて折ったツルの折り紙のほうが、喜んでいただけるかもしれません。思い切って試してみて、お客さまがそれを受け入れ楽しんでくれた経験は、自信を深め、人として成長することにもつながるはずです。
たとえ小さなことでも、自信が持てることが1つあると、気持ちが楽になって、どんな場所でも胸を張っていられるものです。顔を上げて笑顔でいると、人からも笑顔で丁寧に接してもらえます。この繰り返しがさらに自信を深め、自分らしいおもてなしになっていくのではないでしょうか」
もてなす側と招かれた側がお互いを尊重し、高め合う気持ちがあるからこそ、おもてなしの場が温かいものになると二階堂氏。「より良い人間関係は、そこから生まれるのではないかと思います」。
<文/真嶋夏歩>
(MAMOR2023年6月号)