•  世界各国にある日本大使館などには、軍事情報の収集や防衛協力の交渉などを行う「防衛駐在官」(以下防駐官)と呼ばれる自衛官が赴任している。防駐官は、現場でしか収集できない“生きた”情報を得るために、さまざまな交流を行っている。

     日本の国益に資する情報を入手することが任務となる防駐官。情報を収集するには、当地の軍事関係者や各国の駐在武官らと信頼関係を築き上げることが重要だ。そのために駐在武官らを家庭に招待し、家族ぐるみでさまざまなおもてなしをしている。防駐官から寄せられた、防駐官家族の活躍を紹介しよう。

    ブラジル連邦共和国

    国土面積は約851.2万平方キロメートルで日本の約22.5倍。人口は 約2億1400万人。国防予算は約218億ドル(2021年)。21年時点の総兵力は約36.65万人(陸軍約21.4万人、海軍約8.5万人、空軍約6.75万人)

    【防衛駐在官(赴任期間2020年7月〜)金井茂樹1等陸佐(熊本県出身)今日子夫人 長男(17歳)、長女(19歳)(子どもの写真なし)】

    日系人が多いブラジルだから日本を意識したおもてなしを

    画像: サンパウロからブラジリアを訪問した広島県出身の日系人を自宅で迎えた際は、宮島の厳島神社を模した鳥居を制作した

    サンパウロからブラジリアを訪問した広島県出身の日系人を自宅で迎えた際は、宮島の厳島神社を模した鳥居を制作した

     赴任前には、書道や茶道をひと通り習いました。これに加え、妻は着物の着付けや料理教室、木目込み人形教室などにも通いました。

     赴任後、自宅での設宴は、妻が主導的に進めてくれました。やはりおすしは人気で、イスラム教徒でも制約なく食べることができるため、自宅設宴では助かったようです。料理などでは私はサポート役に徹した代わりに、ゲストを楽しませるため、記念撮影用の厳島神社(広島県の宮島にある神社)を模した鳥居や、サムライの顔出しパネルなどを手作りしました。

    好評だった鳥居や漢字での和風なおもてなし

    サムライの顔出しパネルを段ボールで手作りし、自宅を訪れたゲストと記念撮影。日系人のブラジル陸軍少将も非常に喜んでくれた

     予想以上に好評だったのが、「漢字」です。諸外国の国名を漢字で書くととても喜ばれ、自宅の額に飾ってもらうこともありました。ブラジル軍の高官などを招待すると、必ず返礼の招待があり、毎日なにかしらの招待を受けるような状態になっています。忙しいですが夫婦2人とも人脈が増えたのは、非常に喜ばしいことでした。

    オランダ王国

    国土面積は約4.2万平方キロメートルで日本の約9分の1。人口は約1755万人。国防予算は約116億ユーロ(2021年)。21年時点の総兵力は約3.8万人(陸軍約2.4万人、海軍約7500人、空軍約6550人、Global Firepowerより)

    【防衛駐在官(赴任期間2020年7月〜)麻生敏幸1等陸佐(鹿児島県出身)祐子夫人 長女(13歳)、次女(11歳)、長男(9歳)(子どもの写真なし)】

    家族全員におもてなしミッション。自宅設宴を最高の時間に

    画像: アニメ好きな長男が日本から持ってきたグッズを自宅に飾り付け。駐在武官の子どもたちにも大好評

    アニメ好きな長男が日本から持ってきたグッズを自宅に飾り付け。駐在武官の子どもたちにも大好評

     わが家の自宅設宴は、家族の協力態勢で行っています。赴任前に相談し、役割分担を決めました。私と長男は料理担当。今ではお招きをした駐在武官に「ハーグ市内で一番おいしい日本食レストラン」として認めてもらえるほど、料理の腕前があがりました。娘たちも率先して盛り付けなど手伝ってくれています。

    自宅設宴は、家族の役割分担が成功の秘訣

    オランダならコロッケ、ドイツならカツなど、日本とゲスト国に関係のある料理を振る舞う。安心して食べてもらえるよう品書きも作った

     テーブルコーディネートは妻と娘たちの担当です。妻は着物の着付けや水引を使ったアクセサリー製作などでも武官夫人をもてなしています。子ども連れで赴任している武官家族との食事会では、子どもたちがホストとして、ゲームや折り紙を用意して一緒に遊べるよう準備をしてくれました。

     アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のファンである長男の提案で、収集していたアニメグッズも飾りました。片言の英語で積極的に交流を試みる子どもたちの成長した姿を見られるのも親として望外の喜びでした。

    シンガポール共和国

    国土面積は約720平方キロメートルで日本の約526分の1。人口は約564万人。国防予算は約155億シンガポール・ドル(2019年)。19年時点の総兵力は約7.25万人(陸軍約5万人、海軍約9000人、空軍約1.35万人)

    【防衛駐在官(赴任期間2018年6月〜21年7月)栗原靖1等海佐(茨城県出身)】

    日本を知ってもらうため観光地情報も足で稼いだ

    各国の武官に日本のことを聞かれた際、自分で体験談を話すと興味を持ってもらえた

     出国前の語学研修では、文化の異なる人たちにどう自国文化を紹介すれば正しく伝わるのかを考えました。日本の代表的な観光名所を実際に訪れ、撮影と共に自分の五感で感じた現地事情を説明できるよう準備。赴任後の武官団の集まりでは、高さ10メートル以上におよぶ積雪を開削した道路で有名な富山県立山の「雪の大谷」を紹介すると、驚いて興味津々。行き方などの質問が相次ぎました。自分で経験したことが奏功し、結果よい交流につながりました。

     好評だった手土産は、日本産のウイスキーと自分の出身地である茨城県・笠間焼のマグカップや食器です。「自分が在任中にもらったたくさんのギフトのなかで最も印象的。帰国後も大事に使いたい」と絶賛の声をもらいました。

    パキスタン・イスラム共和国

    国土面積は約79.6万平方キロメートルで日本の約2倍。人口は約2億2090万人。国防予算は約1兆7300億ルピー(2020年、The Military Balance 2020より)。20年時点の総兵力は約65.18万人(陸軍約56万人、海軍約2.18万人、空軍約7万人)

    【防衛駐在官(赴任期間2020年8月〜)山本英貴1等陸佐(愛知県出身)有紀夫人】

    体験型のおもてなしで日本文化に触れてもらう

    自宅の和風飾り。手前がミニ枯山水。実際に枯山水のデザインを体験してもらった

     自宅での設宴は、妻と綿密な打ち合わせが必要不可欠です。料理は妻がほとんど作っていますが、すしだけは私が担当。「にぎり」、「軍艦」、「巻き」の3種類を用意し、すし文化も多様性があることを説明しました。

     新鮮な生の魚を手に入れることが難しいので、冷凍マグロを「漬け」にするなど調理の工夫をして、皆さんに楽しんでいただきました。また、日本から持っていったミニ枯山水を自宅に飾り、五感で日本を感じられるようなおもてなしを意識しました。

     実際、枯山水を使って禅の説明をしたところ、興味をもっていただけました。時には、ご自分で枯山水のデザインをしてもらうなど、実際に体験することで、深く日本の文化を理解していただけたのではと思います。

    オーストラリア連邦

    国土面積は約769万平方キロメートルで日本の約20倍。人口は約2575万人。国防予算は約486億豪ドル(2022〜23年)。21年時点の総兵力は約5.9万人(陸軍約2.9万人、海軍約1.5万人、空軍約1.5万人)。主要産業は鉱業、製造業など

    【防衛駐在官(赴任期間2019年7月〜22年7月)麻生玲於奈1等海佐(熊本県出身)友子夫人 長女(6歳、写真なし)】

    小さい娘もドア係としておもてなしに貢献

    コロナ禍の任期で充分なおもてなしができない時期であったが、家族で協力して設宴をした

     武官団同士の付き合いは非常にオープンかつフレンドリーです。各種イベントや各武官宅への招待など、ほぼ毎週どこかで顔を合わせるほど、家族も含め、非常に密な交流がありました。さらにコーヒー・モーニングと呼ばれる各国武官夫人同士の活動なども活発で、妻が個人的に仲良くなったことがきっかけで、武官同士の交流も生まれました。

     赴任前、私は茶道を習いましたが、妻は着付けや和菓子作り、生け花、つまみ細工の教室に通い、日本文化について学びました。料理にもこだわり、現地(キャンベラ)では手に入らなかった大葉は家庭で栽培していたほどです。任期時に幼かった娘は、招待者がわが家のチャイムを鳴らしたらドアを開けて出迎える係でした。家族全員でおもてなしをしました。

    フランス共和国

    国土面積は約54.4万平方キロメートルで日本の約1.5倍。人口は約6790万人。国防予算は約500億ユーロ(2021年)。21年時点の総兵力は約19万人(陸軍約11.5万人、海軍約3.5万人、空軍約4万人)。主要産業は自動車、化学、原子力産業など。農業は西ヨーロッパで最大の規模

    【防衛駐在官(赴任期間2017年6月〜20年7月)松井健一2等海佐(茨城県出身)夫人 長女、次女(夫人、子どもの写真なし)】

    日本を知る人にも響くおもてなしを家族で追求

    武官団家族会は料理を持ち寄ることも。用意した料理には、料理と食材の解説を添えて

     妻と2人の娘と共に赴任しました。事前に、日本のしきたりに関する本で各種作法を学び、家族全員が外国人の方々に説明できるように練習しました。例えば、ナイフやフォークは縦に置くけれど、箸は横に置く理由などが説明できるように。

     フランス人は全般的に日本文化に対する関心が高く、略式のお手前でゲストに抹茶を立てる体験をしてもらった際は、とても喜ばれました。

     日本製のお菓子や日本酒などもよく知られているため、車で来られた方がご自宅で楽しめるようにお土産として持ち帰りできるようにしたり、アレルギーがある方やベジタリアンのために、料理を持ち寄るパーティーの際には、原材料の説明をつけるようにしました。丁寧な応対が日本人らしいと喜ばれました。

    防衛駐在官一家のおもてなし術拝見

    <文/真嶋夏歩>

    (MAMOR2023年6月号)

    This article is a sponsored article by
    ''.