1982年9月、アメリカ軍に宇宙領域の防衛を担務する「宇宙軍団」が新設、2020年には自衛隊にも「宇宙作戦隊」が設置され話題になった。通信や放送、GPSの利用など、今や宇宙空間を飛ぶ衛星が生活インフラの一部となっている。戦争においても、戦車や軍艦、ミサイルなども、衛星なくしては力を発揮できないといわれている。
各国の軍事利用が進む宇宙領域の最前線を解説
21世紀になり活発化している各国の宇宙開発。ただ宇宙は地球上と違う特殊な環境下にあるため、その軍事利用はこれまでとは違った新しい展開を見せている。宇宙開発と軍事の関係にくわしい宇宙・科学ライターの大貫剛氏に世界の宇宙開発事情を聞いてみた。
【大貫剛氏】
1973年東京都生まれ。宇宙関連の記事執筆などで活躍。著書に『ゼロからわかる宇宙防衛』(イカロス出版)などがある(写真提供:本人)
冷戦期の米ソの対立から中国の宇宙進出へと変化
大貫氏によると、宇宙の軍事利用は今に始まったものではないという。
「かつて空を制する者が陸・海を制すといわれたように、軍事行動に欠かせない偵察などは、相手よりも高い場所を占めた側が有利です。そのため冷戦中から宇宙の軍事利用は進んでいました。が、方向性は変化しています」
冷戦時代は核を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発と、それに対抗する人工衛星による監視が行われたが、技術やコスト面からアメリカと旧ソ連にしか実現できなかった。そのため冷戦終結後には宇宙開発は軍縮されたが、その間に経済的に急成長した中国が宇宙分野を後追いする。
またICBMの代わりに、大気圏上層や大気圏外を弧を描き飛行する射程3000〜5500キロメートル未満の中距離弾道ミサイルなどが主に中国で開発された。この動きに対抗するように、21世紀になってアメリカの宇宙防衛が再活発化していったのが現在の宇宙と軍事に関する実情だ。
21世紀に世界各国で宇宙分野への進出が進む
各国の宇宙における軍事利用の現状をみてみよう。この分野で最前線を走るのはアメリカだ。アメリカ軍は1982年に立ち上げた空軍宇宙軍団を2019年に宇宙軍に昇格。作戦本部の下にミサイル攻撃の早期警戒、電子戦、サイバー空間、衛星通信など10の宇宙部隊を持つ宇宙作戦軍団があり、各宇宙軍基地で約1万5000人が従事している。
そのアメリカと対峙する中国は、1970年に人工衛星の打ち上げに成功。2007年には人工衛星の破壊実験を挙行し、有人宇宙飛行や宇宙ステーションの建設、衛星測位システム、通信衛星、衛星破壊兵器の開発とアメリカを猛追している。中国はサイバー、電子、電磁波と宇宙領域の連携を図る「空天網一体化(くうてんもういったいか)」を唱え、人民解放軍戦略支援部隊がその任に当たっているが、その詳細は明らかではない。
ロシアは01年にロシア宇宙軍を創設。11年12月に宇宙軍と空軍の一部から航空宇宙防衛軍が編成された。その後、空軍と航空宇宙防衛軍が統合して15年にロシア航空宇宙軍として新編。航空部隊と宇宙部隊が同じ組織下に置かれるようになった。またフランス、イスラエルにも航空宇宙軍が存在している。
自衛隊も宇宙防衛に進出。そのきっかけは法律の制定
日本において宇宙防衛が注目されたのは08年の宇宙基本法の制定である。それまで日本では宇宙利用は非軍事的な平和目的に限るとされてきた。だが国際的には防衛目的の軍事利用も宇宙の平和利用の1つという考えが主流だった。
宇宙基本法では、宇宙の開発利用を国家戦略の1つとみなすとともに、防衛的な宇宙の平和利用を可能とした。さらに13年の国家安全保障戦略では、宇宙空間の持続的、安定的な利用を妨げるリスクが存在していることを認識し、宇宙空間の状況把握体制の確立と日米同盟の抑止力、対処力を向上させることを閣議決定。
また同年の防衛計画の大綱において、宇宙空間における常続監視体制の構築と自衛隊の体制整備、国内外の関係機関との連携の強化が示された。18年の防衛大綱では宇宙領域専門部隊の保持が明記され、宇宙作戦隊の新編へとつながったのである。
警戒衛星やキラー衛星。軍用の人工衛星も多種多様
実際の宇宙における軍事利用を見てみよう。軍用の人工衛星には通信衛星、気象衛星、測位衛星や偵察衛星、キラー衛星などがある。測位衛星はGPSを使い移動中の船舶や航空機、車両などの正確な現在位置を特定する衛星。攻撃に特化した人工衛星がキラー衛星である。
アメリカは1959年に偵察衛星「コロナ」を実用化したのを皮切りに、現在200機以上の軍用衛星を運用している。85年にはF−15戦闘機による世界初の衛星破壊実験を実施。中国も2007年に地上からミサイルで人工衛星の破壊実験を行い、その後もキラー衛星の開発を続けていると言われている。
ただ大貫氏によると、直接、人工衛星を破壊すると宇宙物体と呼ばれる宇宙ごみ(地球の衛星軌道上を周回している人工物体)が発生し、実用的ではないという。
「地球を周回する軌道上には、現在1ミリメートル以上の宇宙物体が1億個以上もあるといわれています。宇宙物体は秒速8キロメートルの猛スピードで飛び交い、小さな宇宙物体でも、衝突すると人工衛星を破壊する威力が充分あります。ですので、電波やレーザーを照射して人工衛星の通信機能などを停止させる、ソフトキルと呼ばれる攻撃能力が今後は主流になるのでは」と大貫氏。
ロシアのウクライナ侵略が実証。宇宙の軍事利用の効果
22年2月に勃発したロシアのウクライナ侵略。この戦いで各国の軍事関係者が注目するのが、宇宙の軍事利用の実用化だ。大貫氏は「今のところ詳細は明らかにされていませんが、ロシアと比べ物量的に圧倒的に不利なウクライナ軍が善戦しているのは、各国の宇宙からの軍事支援を抜きに考えられません」と断言する。
実際にイーロン・マスク氏が率いるスペースX社の通信衛星サービス「スターリンク」は、早期からウクライナへの無償のサービス提供を表明。そのほかにも各国から情報・通信支援が行われている。
例えば、アメリカが提供している高機動ロケットシステム『ハイマース』は射程が長く目標を目視することができない。ピンポイントで着弾させるためには相手の位置情報が不可欠で、これを通信衛星からの情報提供で実現している。
一方ロシア軍は、こうした通信衛星からの情報で後れをとっているという。「宇宙からの軍事支援がいかに効果的か、ウクライナへの侵略で目の当たりにした各国軍は、今後ますます宇宙の軍事利用を進めていくでしょう」と大貫氏は予想している。
欠点を補う衛星の集団が急増化している
宇宙防衛については大きなハードルも存在すると大貫氏は指摘する。
「観測衛星は北極と南極の上空を通る『極軌道』を飛んでいますが、地球が西から東へ自転しているため、1周している間に観測できる地点はずれていきます。また高度3万6000キロメートル上空の静止軌道よりも低い軌道を飛んでいるため、観測範囲の狭さが弱点です」
こうした欠点を解消するため多数の人工衛星を連携させる「コンステレーション衛星」(上図参照)の開発が急ピッチで行われている。
また広大な宇宙空間を1カ国だけで有効に利用するのは不可能で、複数の国で共同で行うほうがより効率的な展開ができる。この点において、同盟国に技術力や資金面に優れた国が多いアメリカがロシアや中国より優位に立っている。
特殊な環境下での国防だが自衛隊の活動方針は不変
宇宙環境の特殊性を大貫氏は次のように挙げる。
「まず国境がなく領空侵犯もないこと。そのためどの国の上空でも自由に人工衛星を飛ばすことができます。一方で、自分たちも常に誰かに監視されている状態です。また宇宙の安全保障に関する国際的なルールも議論が進行中で決まっておらず開発にも膨大なコストが必要です」
そうした状況下ではあるが、宇宙領域を利用した情報収集や通信機能、インフラ整備など国防上の重要性は拡大する一方だ。その解決策として挙げられるのがコンステレーション衛星の開発や多国間協力である。また民間との協力の必要性も大貫氏は指摘する。
「平時は民間利用を行い有事には軍事利用を優先できるよう、協力態勢を築いておくことが大切です」
そうした中で大貫氏は、自衛隊の宇宙への取り組みをこう評価する。
「情報を集め、先手をうって抑止し、有事には優勢を確保するという自衛隊の方針は、宇宙においても変わらないと思います」
(MAMOR2023年2月号)
<文/古里学 写真/村上淳>