•  生身では活動ができない場所での行動を可能にした特殊服の数々。これらの特殊服はいつから使用されていたのだろうか。時代とともに防護性、活動時間、快適性などさまざまな面が進化し、深化するいくつかの特殊服を取りあげ、その歴史などをMAMOR編集部で調べてみた(文責/編集部)。

    【参考資料】
    ①医療用防護衣:ナショナル ジオグラフィック『ペスト医師、奇妙な「くちばしマスク」の理由』
    ②潜水服:All Things Diving『One of the first diving dress from Pierre Rémy de Beauve』、『UnderWater ma
    gazine』(2001年3・4月号)「Then and Now: Atmospheric Diving Suits」
    ③防火衣:社団法人繊維学会『繊維と工業』(2010年66巻 2号)「防火衣の熱防護性能に関する検証」
    ④耐Gスーツ:Heritage Flightgear Displays「US NAVY Z-series Anti G suit in WW2 service」

    特殊服の歴史は17世紀のペスト患者対応から?

    1656年に描かれたペスト対応にあたるローマの医師。くちばし付きのマスクに全身をコートで覆い、感染を防ごうとした 写真:ARTEFACT,ALAMY ⓒBritish Museum

     特殊服の歴史を調べると、その起源は17世紀ごろにヨーロッパで流行したペストにさかのぼれそうだ。当時の医師は全身を覆うコートにくちばし付きのマスクを着けペスト患者の治療にあたっていた記録がある。このマスクは17世紀のフランスの医師シャルル・ド・ロルムが考案したとされており、彼は革製の帽子や手袋を身に着けることなど、治療時の服装について書き記している。患者に直接触れぬよう、医師を守る防護服が開発されたのだ。

     防護服の素材や用途などを提供する情報サイト「防護服の知恵.com」を運営するアゼアス株式会社熊谷慎介氏によると、医療用も含め現代の防護衣は「体を1種類以上の危険有害性から防護するように設計された服で、衣服の上に重ねて着用するものと下着などの上に直接着用するものがあります。防護レベルはEPA(米国環境保護局)によりABCの3段階に分けられています」とのこと。

    画像: 写真右の一般的な不織布と比べ、左のタイベックRは高密度な上、高強度で軽量、加工も容易。

    写真右の一般的な不織布と比べ、左のタイベックRは高密度な上、高強度で軽量、加工も容易。

     この防護服に革命的な進化をもたらしたのが、アメリカのデュポン社が1967年に開発をした『デュポンTMタイベックR』。「タイベックRは高密度のポリエチレンでできた極細の繊維をランダムに何層にも重ね、熱と圧力でシート状にした不織布です。バリア性・耐久性・快適性のバランスに優れて加工しやすいのが特徴です」と熊谷氏。

    現在はタイベックRにポリマー加工とバリアフィルムを貼り合わせ、化学物質とバイオハザードの両方に対応する素材も登場 画像提供:アゼアス株式会社

     タイベックRを使用した防護服は、2011年の東日本大震災における福島第1原子力発電所の事故対処や、20年にクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』で発生した新型コロナウイルスの災害派遣で自衛隊も着用。現在は260種類の危険な化学物質に対する透過試験を行い、8時間以上の耐性が証明された『デュポン™タイケムR10000』も登場し機能性や防護性が進化している。

    ※デュポン™、タイベックR、タイケムRは、米国デュポン社の商標または登録商標です

    海中での作業のため潜水服が誕生する

    画像: フランスの海洋博物館「シテ・ド・ラ・メール」に展示されているジョン・レスブリッジ開発の潜水装置のレプリカ

    フランスの海洋博物館「シテ・ド・ラ・メール」に展示されているジョン・レスブリッジ開発の潜水装置のレプリカ

     フランスの作家ジュール・ベルヌが1870年に発表した海洋冒険小説『海底二万里』には水圧から体を守る潜水服が登場する。この潜水服のルーツは1715年にイギリスのジョン・レスブリッジが発明をした密閉式の潜水装置といわれ、これは沈没した船舶から貴金属などを回収するために開発。木製の樽から腕を出す仕組みであった。

    ピエール・レミー・ド・ボーヴの開発した潜水服のデザイン画 ⓒMusée Fédéric Dumas

     現在のように全身を覆う潜水服が登場したのも同年のことで、フランスの貴族ピエール・レミー・ド・ボーヴが開発した記録がある。防水のため全身を革で覆い、ヘルメットには呼吸用の管が付いている。靴には重りを付け、姿勢を安定させて探索をしやすくした。これは現代の潜水服の基礎となる構造で、その後は保温性や酸素供給の安定化、通信機能などが改善されていった。潜水士がより長く安全に活動できるよう、進化をしている特殊服だ。

    火炎の熱さに勝つため強化されてきた防火衣

    江戸時代の火消。水を含ませた半纏を着用し、火の粉から身を守っていた。歌川芳虎『江戸の花子供遊び 一番組・万組』(国立国会図書館デジタルコレクション)より

     消火のための防火衣が発展したのは近世になってからといわれている。日本では、江戸時代に多発する火災を処理する「火消」と呼ばれる組織が誕生した18世紀初頭に火消が着用していた、布を重ね合わせ刺子と呼ばれる加工が施された半纏が防火衣にあたる。これは丈夫だが、やけどなどを防ぐため火事場では水を含ませて着用したので非常に重くなって動きにくくなった上、厳寒期には凍結するなどの欠点があった。

     これを補うため1950年代に帆布(綿や麻を平織りした厚手の布)にゴム引きをした技術が開発され、防火衣にも取り入れられたようだ。70年代には繊維にアルミ粉末を混入し耐熱性を高めたアルミコーティング防火衣が登場。99年には消防隊員用防火衣の国際基準が制定され、上衣とパンツに分かれたセパレート型が普及している。遮熱性の高い化学繊維など素材が改善され、防火性が強化されている。

    極限下でも動けるよう体に刺激を与える特殊服

    画像: アメリカ軍が1944年に使用した耐Gスーツ。フライトスーツと一体化した構造(写真左。中央と右はパラシュートを装着した状態) ⓒUS Navy magazine

    アメリカ軍が1944年に使用した耐Gスーツ。フライトスーツと一体化した構造(写真左。中央と右はパラシュートを装着した状態) ⓒUS Navy magazine

     航空機搭乗員を失神から守るために体を締め付ける耐Gスーツだが、航空機の急激な旋回や宙返りなどで搭乗員が失神する危険性は第1次大戦中から知られていた。この原因が強いGによる脳への血流障害であることが判明し、1941年にカナダのトロントで脚部を水で圧迫する耐Gスーツが発明される。現在の空気が膨張するタイプの耐Gスーツは44年にアメリカ軍によって開発され、太平洋戦争でも使用された記録がある。

     第2次世界大戦以降、高速化した現代の戦闘機にかかるGはより強くなり、搭乗員は耐Gスーツなしで任務を行うことは難しい。耐Gスーツは環境に耐えるために着用者に刺激を与えて守る特殊服であるといえるだろう。

    機能性と快適性の両立がこれからの防護服の課題

     素材の進化などで特殊服の防護性は高まっているが、例えば防護服は今後どのような改善が期待されるのか、前述の熊谷氏に聞いてみた。

    「防護服は人間と外気を含めた危険物を遮る『壁』といえるものです。重さや動きにくさなどが防護服にとって長年の課題です。防護性能と快適性は常にトレードオフの関係。防護性の向上には通気性の低下が伴い、蒸れや熱がこもるといった問題を引き起こします。そのため、夏の熱中症対策も深刻な課題です。着用者が感じるストレスは集中力の低下を招き、作業効率に直結する。快適性の向上は労働災害を防ぐ意味でも重要です。防護性能が高く薄くて動きやすい新素材の開発などが今後の課題でしょう」

    (MAMOR2023年4月号)

    <文/真嶋夏歩>

    機能がすごい自衛隊特殊服

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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