自衛官は特殊服を装備することで過酷な環境でも任務を行うことができるが、いくら性能が高くとも、正しい着用や使用をしなくては役に立たない。自衛隊では新隊員の教育で極限下での対応法を学び、特殊服の使用に関しても、日ごろから訓練を重ねている。その中から、いくつかの例を紹介しよう。
新隊員の教育から極限下での対応を学ぶ
陸・海・空各自衛隊に入隊すると、まず最初に配属されるのが教育隊。新入隊員はここで約3カ月間、基地・駐屯地の隊舎で共同生活を送りながら自衛官の基本を学ぶ。さまざまなカリキュラムの1つとして行われるのが、陸自の防護マスクの着用教育だ。
催涙ガス(訓練用で人体には無害な催涙線香と呼ばれるものを使用)で満たされた天幕(テント)に防護マスクを着けた状態で入り、その後、マスクを外し催涙ガスの刺激で涙や鼻水が止まらない状態になることを体験する。これは毒ガスが充満する環境でも任務を行う可能性があるため。ガスの脅威と防護マスクの重要性を知り、万が一の際も活動ができるように訓練を行う。
教育隊では防火訓練も行われる。例えば海自の場合、艦艇の火災は逃げ場がなく短時間で火の手がまわる危険がある。そのため、艦内を再現した部屋に火を放ち、約300度の炎の消火を行う教育を受ける。火災への対処は艦艇を守るための絶対条件のため、防火服の着脱要領などの訓練を受ける。
これらの訓練は、新隊員に自衛官としての覚悟を身につけさせる意味でも行われるが、特殊服を着用し任務を行う部隊に配属された場合、より厳しく過酷な条件での訓練が行われる。その訓練の一部を紹介しよう。
万が一に備えた、迷彩服の着用術
迷彩服の腕まくりも、いざというとき薬品などの危険物が直接皮ふに当たらないよう袖口を引くと一気に長袖に戻せる方法を学ぶ。
1:袖口のボタンを外して袖をまくり上げ、半分の長さに折る。
2:さらに袖側の3分の1を折る。袖口が肩に届くまで最大限に引っ張るときれいな仕上がりになる。
3:余った袖口をかぶせるように折り戻し、最後に形を整えて完成。
特殊防火衣
不測の事態に備え、炎の恐怖を乗り越えるピットファイヤー訓練
滑走路で火災が発生した際、消火にあたるのが航空自衛隊の消防小隊などだ。部隊ではピットファイヤーと呼ばれる航空機火災を想定した訓練を定期的に実施。航空機燃料は燃えやすく、訓練とはいえ炎の高さは約10メートル。
放水はホースをしっかりと押さえながら炎を押し出すようにかける。そうしなければ、自身が炎に取り囲まれて命の危険にさらされてしまうからだ。隊員は眼前に迫る炎の恐怖に打ち勝つため訓練を重ねる。
多目的防護衣
爆発物の種類を見極め訓練で素早く処理する
多目的防護衣は、地雷など爆発性戦争残存物(ERW)や、IEDと呼ばれる手製の簡易爆弾などの処理で使用。そのため国際平和協力活動などIEDなどの脅威が高い地域での任務で使用されることが多い。多目的防護衣を着用した状態で爆発物の処理などを訓練し、万が一の事態に備える。
潜水服
活動時間の制限を理解し訓練をする
潜航中の潜水艦に事故や故障が起きた際、乗組員を救出するため潜水士は訓練を行っている。深海では充分な光量が得られず頼るのはライトのみ。潜水士の体温低下を防ぐ温水を供給するホースもあるため、活動範囲も狭くなる。このような制限があるなかでも効率よく任務が行えるよう、訓練を重ねて精度を高めている。
耐寒耐水服
万が一の漂流を想定し水上訓練
海・空両自衛隊の航空機搭乗員は毎年夏と冬の2回、万が一海上に不時着した際を想定し、水上保命能力向上を目的とした訓練を海や河川などで行う。
冬季の保命訓練は水温が1度など厳寒の環境で実施され、耐水服を身に着けた隊員は水上で緊急脱出したことを想定し水の中に飛び込む。漂流を開始した後は、指導役の隊員が水を浴びせるなど、起こりうる自然環境を再現し、あえて厳しい状況を作り出す。耐寒耐水服を正しく着用しないと生命の維持に直結するため、極めて高い意義のある訓練になっている。
化学防護衣など
偵察・除染・救助を想定し訓練。炎天下で活動できる体力も養う
核兵器、生物兵器、化学兵器などのあらゆる兵器に対処するため、化学防護衣を装備した訓練は行われる。
汚染された範囲や、どのような化学剤が使用されたのかを調査する偵察任務。水や除染剤を使用して有毒化学剤などの除去や無毒化を行う除染任務。汚染地域に残された人を助ける救助任務などだ。
さまざまな状況を想定して訓練を繰り返し、任務遂行に必要な能力の維持・向上に努めている。また気密性の高い化学防護衣を着用し長時間活動できるよう、部隊では真夏の炎天下にフル装備で長距離走を実施するなど、基礎的な体力・気力の錬成も定期的に行っている。
(MAMOR2023年4月号)
<文/真嶋夏歩>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです