敵の侵略や自然災害から、日本の国民を守るため日ごろからさまざまな状況を想定して訓練や任務に当たる自衛隊。その活動範囲は、火の中、水の中、空の上といった極限の環境から、爆発物の処理、化学兵器、ウイルスなどへの対応など実に多種多用だ。そのため、このような特殊な環境での任務を行うために、自衛隊には特殊服が装備されている。
陸・海・空各自衛隊が使用している特殊な環境下で活動するための装備品たち。どのような環境でどのように使うのか、その特徴をまとめてみた。併せて実際に使用している隊員の声もお届けする。
18式個人用防護装備
有毒物質が飛散する空間で着用し体を保護する
<SPEC>全備重量:約6㎏
【使用例】
アメリカ軍と共同でCBRN(化学剤、生物剤、放射性物質、核)へ対処する隊員(左)(写真は訓練の様子)
【この特殊服を保有する部隊】
陸上自衛隊中央特殊武器防護隊などの化学科部隊(注5)をはじめとする各部隊
(注5)有毒化学剤などで汚染された地域における偵察や人員・装備品の除染などを行う陸上自衛隊の部隊
放射性物質、有毒化学剤、生物剤などの体内への侵入および付着を防ぐ防護衣。マスクは両目がつながったゴーグル型で視認性が高く、フードも上衣と一体になっている。呼吸は電動ファンで呼吸をサポートするブロアユニットと呼ばれる機能により呼吸時の抵抗が少なくなり活動しやすいのも特徴だ。
隊員の声
「有毒物質からの防護性能が高く、通気性があるため安心して着用できます。ゴーグル型のバイザーは視界が広いため、圧迫感は思ったよりもありません」(陸上自衛隊中央特殊武器防護隊(注6) 恩慧佑1等陸士)
(注6)大宮駐屯地(埼玉県)に所在する陸上自衛隊の部隊。核・生物・化学(NBC)兵器に対処する
気密防護衣
高濃度の毒性物質のある環境下で使用される
<SPEC>全備重量:約9㎏(呼吸器を含まず)
【使用例】
1995年に発生した同時多発テロ「地下鉄サリン事件」にて同種の気密防護衣を着用(写真は訓練の様子)
【この特殊服を保有する部隊】
陸上自衛隊中央特殊武器防護隊や化学科部隊など
有害ガスや液体、微粒子などからの完全な防護が最優先される状況で使用される防護衣。服内を気密あるいは陽圧(通常の大気圧よりも高い圧力にし、外部から物質などの侵入を防ぐ)により維持して、 化学物質が内部へ侵入しない構造になっている。足元がよく見えるよう、バイザーが広く大きい構造。
隊員の声
「重量があり動きにくいため、慣れるまでが大変ですが、最高レベルの防護性能なので着用をすると何があっても大丈夫という安心感があります」(陸上自衛隊中央特殊武器防護隊 岩野洋介3等陸曹)
偵察要員防護セット
放射線から身を守る鉛が織り込まれた防護衣
<SPEC>全備重量:約19㎏
【使用例】
2011年の東日本大震災における福島第1原子力発電所の事故対処の、空中からの放射線モニタリングで使用
【この特殊服を保有する部隊】
陸上自衛隊中央特殊武器防護隊や化学科部隊など
多量の放射線が放出されている場所などで、偵察および除染行動に任ずる隊員を放射線の1つであるガンマ線などから防護するために使用される。鉛を織り込んだ生地でできており、放射線により傷害を受けやすい目、臓器、生殖器、甲状腺などを防護できるように設計されている。
隊員の声
「バイザーや手袋を含め約19キログラムあるため重いです。ですがほかの防護服では防げない放射線から守ってくれる頼もしい装備品です」(陸上自衛隊中央特殊武器防護隊 沖山隼平3等陸曹)
放射線の影響を受けないよう首元はエプロンと別れたネックガードで覆う。これにも鉛が織り込まれている
化学防護衣4形
全身がゴムで覆われた化学科隊員の基本装備
<SPEC>全備重量:約6.6㎏
【使用例】
1995年の地下鉄サリン事件の際は化学防護衣4形を着用した隊員が地下鉄車両の除染作業を行った
【この特殊服を保有する部隊】
陸上自衛隊中央特殊武器防護隊などの化学科部隊をはじめとする各部隊
化学兵器などで汚染された地域における偵察などを行う化学科の標準装備。有毒化学剤などで汚染された地域の偵察や除染、傷病者の救出などで使用される。防護マスクと併用して着用する。着用後は水や化学物質などの中和剤などで除染をすることで、繰り返し使用することができる。
隊員の声
「化学科隊員の基本装備です。ゴム製なので夏はとても暑く、汗が長靴から溢れるほどですが、体の一部と感じられるまで訓練しています」(陸上自衛隊中央特殊武器防護隊 中村高之3等陸曹)
医療用防護服
感染症対策で使用する防護衣
<SPEC>素材:ポリ塩化ビニル(耐薬品性、防水性に優れた軽量な合成樹脂)
【使用例】
2020年2月、クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』で発生した新型コロナウイルスに対処する隊員
【この特殊服を保有する部隊】
自衛隊中央病院、医療関係の部隊など
空気、飛沫、接触感染対策が必要な感染症(新型コロナウイルス感染症、新型インフルエンザなど)が発生した際、診察や看護をする医療従事者が使用する、細菌への高い安全性(高バリア性・高耐水圧)と快適性(高透湿性)を両立した防護衣。感染症の病原菌に対応する「N95マスク」やラテックス製の手袋などと併せて使用する。
隊員の声
「作業前は防護衣に破れがないか、髪の毛が出ていないか、手袋の装着状態などをしっかり確認します、正しい着用で感染をしないという安心感を与えてくれる特殊服です」(自衛隊中央病院(注7) 葛巻和枝3等陸佐)
(注7)陸・海・空各自衛隊の共同機関として、隊員、地域住民などの治療や診療などを行う自衛隊の病院。陸上自衛隊三宿駐屯地内にある
医療用防護服(1類感染症対応)
極めて危険な感染症などで着用する防護衣
<SPEC>素材:ポリマーコーティング(抗化学物質性の高い合成繊維)
【使用例】
2021年12月宮城県大河原町で発生した「豚熱(CSF)発生に係る災害派遣」で、防護衣を着用し対処する隊員
【この特殊服を保有する部隊】
自衛隊中央病院、医療関係の部隊などをはじめとする各部隊
エボラ出血熱など、致死率が高い最高レベルの防御が必要な感染症対策などで着用。①スーツ、②シューズカバー、③マスク、④ゴーグル、⑤フード、⑥手袋と順番に着用することで細菌などの侵入を防ぐ。鳥インフルエンザや豚熱(CSF)発生時の災害派遣でも、衣服に付着したウイルスが飛散しないよう、隊員はこの防護衣を着用し任務にあたる。
隊員の声
「全身を覆うため、とても暑く呼吸もしにくいですが身を守るために必要な装備です。ウイルスが付着した部分に触れぬよう、脱着も慎重に行って感染を防いでいます」(自衛隊中央病院 葛巻和枝3等陸佐)
(MAMOR2023年4月号)
<文/真嶋夏歩 イラスト/ナカニシリョウ>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです