陸上自衛隊で唯一の存在である「部隊訓練評価隊」。対抗形式の訓練を通じて全国の部隊を適正に評価し、陸自全体の強さを底上げするために活動する彼らの任務や装備について紹介しよう。
全国の普通科部隊の「道場」 富士訓練センター
全国の普通科部隊が、自らを鍛えるために挑む「道場」。それが、部隊訓練評価隊を中心とした「富士訓練センター」、通称FTCと呼ばれる組織だ。
FTCには、訓練の統裁および評価分析を行う部隊訓練評価隊本部(北富士駐屯地)、敵役部隊となる評価支援隊(滝ヶ原駐屯地)、そして機動訓練評価装置など訓練で使う器材や施設が含まれる。
「FTCでは、1~2個普通科中隊を基幹とする部隊による、攻撃または防御訓練を行うことができます。年間、約20回の訓練を運営しており、2000年の創立以来、約450回の訓練を実施してきました」と語るのは、部隊訓練評価隊隊長の加々尾哲郎1等陸佐だ。
同隊は、訓練の結果を客観的・計数的に評価し、現代戦の実相に近い環境下で、総合的な訓練ができるようにしよう、という狙いから設立された。
「訓練部隊は、対抗部隊である評価支援隊を相手に訓練を行い、後日、機動訓練評価装置による交戦結果や、部隊に同行する部隊評価分析官(OC/Observer Controller)らによる評価・分析をもって研究会を開催。そこで定量的・定性的評価を伝えます」
戦闘を「評価」して気付きを与える
ここでポイントとなるのが、部隊訓練評価隊は訓練部隊に対し「戦闘指導」をしない、ということだ。彼らは訓練を通じて実戦的な教訓を伝え、さらに収集・分析されたデータを基に訓練結果や部隊の現状を教えはするが、どうしたら部隊が強くなるのか、ということについては部隊側に考えさせる。
「訓練部隊に生きた教訓を持って帰ってもらうため、対抗部隊として『強い敵』であり続けなくてはならないと考えます」と語るのは、評価支援隊第1普通科中隊長の佐藤善太郎3等陸佐。
同じく第2普通科中隊長の塩澤公規3等陸佐は「訓練部隊に勝つことを通じて、彼らが真に戦える部隊へ育つように寄与します」と胸を張る。
これまで450戦ほどの訓練で、1度しか負けていないという自信と誇りが感じ取れる。2022年8月に着任した前出・佐藤3佐は「正直、プレッシャーは大きいですね。私に代わったから負けた、と言われることがないように全力を尽くします」とも語ってくれた。
訓練部隊の成長に貢献するため、対抗部隊である評価支援隊もまた、日々鍛錬を欠かさない。戦車中隊長を務める石山正茂3等陸佐はこう語る。
「私たちも、訓練のたびに必ず反省点を明確にし、改善しています。これを年20回も繰り返しているわけですから、並の部隊には負けません」。
戦車中隊で曹士を束ねる清水畑嘉昭陸曹長も「評価支援隊の隊員は、強い勝利への執念を持つとともに、学びながら常に進化を続けています」と同調する。
そして評価支援隊長の小菅祐山2等陸佐は次のようにまとめてくれた。
「私たちの任務は『ミッションリハーサル』、つまりいざ有事となっても対応できるような訓練の場を提供すること。そのためにも、自ら強い部隊でなくてはならないのです」
最後に、改めて加々尾1佐に今後FTCとして目指すところを聞いた。
「急速に変化する安全保障環境を考慮し、ドローンなどによる偵察や電磁波・サイバーなど領域を横断した作戦への対応など、部隊のニーズに合わせた訓練環境を提供できるようにしていきたいと考えています」
戦闘訓練の勝ち負けを見極める、特殊な装備を紹介
部隊訓練評価隊独自の装備に「機動訓練評価装置」がある。戦闘訓練に関するデータをリアルタイムで収集し、射撃の当たり外れなどを正確に判定することができる装置だ。
この装置によって客観的なデータを基に戦闘訓練を分析することができるようになったことで、隊員らはより真剣に、より本気で、訓練と向き合うようになった。
人員用レーザー送受信装置(バトラー)
ヘルメットや防弾チョッキ型の装置に受光装置が取り付けられており、レーザー光線が当たると銃弾が命中したことになる。人員の被害状況は左胸に装着された「損耗表示器」で示され、負傷した部位、軽傷・重傷・死亡などの判定、負傷を与えた火器が表示される。
実弾の代わりにレーザー光線を発する装置を小銃や機関銃に装着。このレーザーが当たったかどうかで被害を判定する。訓練では空包を撃つため、音の迫力は実弾とさほど変わらない。
戦闘車両用レーザー送受信装置
戦車や装甲車、対戦車ミサイルなどにもレーザーの発光・受信装置が取り付けられる。車体各所に装着されているのが受信機。車体上部のパトランプ状のものは、攻撃が当たると点灯・回転し、被害を受けたことが一目で分かる。
設置式弾着現示装置
特定の座標に砲撃があったというデータが送られると、その範囲にある現示装置が作動。色の付いた煙を出し、音響によって「ここに砲撃がありました」と周囲に知らせる。
交戦訓練用 対人・対戦車地雷
戦闘訓練に用いる模擬地雷。130キログラム以上の荷重がかかったときに作動する、主に敵車両を破壊するための対戦車地雷(上)のほか、日本政府が「対人地雷禁止条約」を批准しているため、自衛隊は持たない「対人地雷」(下)も、敵が使うことを想定して用意されている。
対人地雷は、仕掛けワイヤーを張っておき、そこに人が引っかかったときに作動するようにできる。どちらも半径4メートルの範囲が有効距離で、作動時にそのエリアにいた隊員・車両が被害判定を受ける。
データ収集装置
場内6カ所に設置された基地局と駐屯地にある司令塔「統裁運用室」は光ファイバーで結ばれ、情報はリアルタイムに処理されていく。駐屯地で分析を行うために、演習場には各種データ収集装置が用意されている
北富士演習場内の4カ所には、場内の様子を撮影できる固定式のカメラが設置されている。カメラの画角やズームはリモートで行える。
演習場内で収集したデータを処理して、駐屯地のデータ分析センターに送るための装置。トラックに搭載され、移動も容易だ。
訓練部隊の動きを空から見張るドローン。後の評価に用いるための映像を撮影するために飛ばしている。器材は基本的に市販のものと同じだ。
評価装置の導入で、正確な判定が可能に
評価支援隊本部・第4係主任の田中公正2等陸尉は、機動訓練評価装置導入のメリットを次のように語る。
「導入される2000年までの戦闘訓練は、審判役の人間による判定で結果を出していました。人間の判断では主観も入りますし、結論を不服に思う隊員が必ず出るものでした。
システムの導入によって、隊員や車両の動きも全て分かりますし、射撃の結果も明確に出ます。客観的なデータを基に、皆が納得のできる結論が得られ、そこから冷静に教訓を導き出すことができるようになりました」
(MAMOR2022年12月号)
<文/臼井総理 写真/荒井健>