“腹が減っては軍ができぬ”というように、戦場での食事は、勝敗を決する要素ともなる重要な“兵器”だ。短時間に食べやすく、必要な栄養素が含まれていることが重要だ。それに“おいしさ”が加われば、気力も湧いて勝利間違いなし!
そんな理想のミリメシの開発秘話を、防衛省の糧食担当者とメーカーの担当者に聞いた。
防衛省に聞いたミリメシの秘密
陸上自衛隊の戦闘糧食の管理や補給などを総括しているのが、陸上幕僚監部装備計画部の需品室糧食グループだ。その担当者2人に話を伺った。
陸自の糧食を一括管理する、陸上幕僚監部装備計画部装備計画課需品室糧食グループ
「戦闘糧食に含まれるカロリーと栄養素はしっかりと計算され、駐屯地の隊員食堂で出される食事と同等であることが求められます。カロリーでいえば、戦闘糧食では1食あたり約1000キロカロリーを摂取できるようにしています」
栄養専門官の遠藤沙耶香防衛技官が説明してくれた。ただ、「これまでの戦闘糧食には課題もありました」と、同部署で給食器材担当者の山本裕3等陸佐は補足する。
「旧メニューでは、和食のメニューが多く、連食すると飽きてしまったり、ビタミンAやカルシウムなどの栄養素が不足しがちだったりしていたので、解消に努めました」
隊員の活動の源となる戦闘糧食。約10年ぶりにメニューが一新された
今回のリニューアルは約10年ぶりとなる。1日3食、1週間食べ続けてもメニューが重複しないよう、21種類のメニューが採用された。
主食は米だけでなく、パスタやパンも取りそろえ、副食のジャンルも和・洋・中とバラエティーに富んだメニューがそろえられている。栄養素の不足はふりかけやビタミン強化米などで補うようにした。一般企業から提案された371のメニューから約5年間かけて絞り込んだという。
「格段においしくなったので、いざというときにはこれを食べて、隊員には力を発揮してもらいたいですね」と、山本3佐。
戦闘糧食の製造メーカーに聞いたミリメシの秘密
戦闘糧食は、競争入札を経て選ばれた民間のメーカーが委託され製造を行っている。防衛省・自衛隊に戦闘糧食の納入実績がある民間企業3社に話を伺い、その製造態勢や自衛隊に戦闘糧食を納入する意義について伺った。
旧軍時代から糧食を製造する最古参企業
【目黒智大 ホリカフーズ株式会社 執行役員・営業部長】
前身の新潟県経済連堀之内工場の時代から、旧日本軍に畜肉缶詰を納入していたというホリカフーズ株式会社。1955年に現在の会社を設立後、65年から自衛隊の糧食を製造。戦闘糧食のメーカーとしては最古参だ。開発で難しいのは、必要な栄養素など防衛省の要求を満たすことはもちろん、市販の食品よりも厳しい検査基準をパスすることだという。
「例えば航空機から投下しても落下の衝撃でやぶれないようパッケージの耐久性を強くし、長期保存できる、より安心安全な製品にする必要があり、それでいて風味を落とさないように加工しなければならないのです」と、同社営業部長の目黒智大氏は話す。
「厳しい訓練のなか、隊員の皆さんが弊社の食品を口にすることで、少しでも心の支えにしていただければ、メーカー冥利に尽きます」
長期にわたる試験の末栄養豊富な糧食を提供
【庄子彰 株式会社武蔵富装 糧食相談役】
株式会社武蔵富装では、2004年から戦闘糧食の開発をスタート。カロリー計算や栄養バランスを考慮したメニューを提案し、防衛省による書類審査、隊員による試食試験、パッケージの耐久試験、保存試験などを経て、08年から製造を開始している。同社の庄子彰氏は、元陸上自衛官。需品科で糧食担当幹部だったというだけに、隊員の胃袋を支えたいという強い意志がある。
開発時に配慮したのは、「いざというときにすぐ食べられるような開封しやすくかつ頑丈な包装。そして、防衛省の要求に配慮しつつも、とにかくおいしく食べられること。過去には、陸自の習志野演習場で、高度200メートルから落下傘で糧食を投下する試験も行われました」と、庄子氏。「戦闘糧食はしっかり栄養管理されているので、完食してもらって力をつけてほしいですね」。
栄養バランスと豊富なバリエーションを両立
【宮田和正 日本ハム株式会社 加工事業本部第三開発営業部 フードサービス二課 担当課長(写真左)と加登美里 同リーダー】
2001年から自衛隊への糧食の納入を開始している日本ハム株式会社。自衛隊用の製品で気を配っているのは、高カロリーかつ栄養バランスの良い食事を提供することだ。
「自衛隊員が必要とする1日のカロリーを摂取できるようにするのと同時に、必要な栄養素をバランス良く取れるようにする。汗をかく任務が多いので、塩分を少し多めに配合する必要もあります」と、同社の担当課長の宮田和正氏はいう。
さらに、野外で戦闘糧食を連食する場合を考慮し、バリエーションのあるメニューを提供していると、同社開発部リーダーの加登美里氏。両氏は、自衛隊に糧食を納品するという国家事業に参画することの責任の大きさに、身が引き締まる思いがするという。
「過酷な訓練や災害派遣の現場で、活力の源になればうれしい限りです」
戦闘糧食には2つの種類がある
陸・海・空各自衛隊で戦闘糧食が食べられているが、缶・レトルトの2種類がある。レトルトタイプにはヒートパックが付属し、どこでも温かいメニューが食べられる。
戦闘糧食(缶詰)
缶タイプの3年間保存可能な糧食で、通称「缶メシ」。主食と副食、タクアンなど、それぞれの缶詰で構成。陸自では2017年に廃止された。
戦闘糧食(レトルト)
レトルトパウチ包装の長期保存が可能な糧食で、通称「パックメシ」。保存期間が1、3年の2種類あり、主食2つと副食1つがセットになっている。
ヒートパック
戦闘糧食を温めるための袋と発熱剤。発熱剤に水を加えると化学反応を起こして発熱する。火や煙が出ないため、敵に見つかりにくい利点がある。
<文/魚本拓 写真/編集部>
(MAMOR2022年11月号)