最近、われわれが耳にする報道には、聞き慣れない「ミサイル」が増えている。北朝鮮の列車や海中から発射されるミサイル、ロシアがウクライナ侵攻で使用した新型ミサイル、それに対抗するアメリカ軍から供与された対戦車ミサイルなど。
特に気になるのは、最近ニュースなどでよく耳にする「極超音速ミサイル」だ。「極超音速ミサイル」とは一体どういったミサイルなのか、フジテレビ上席解説委員の能勢伸之氏に解説してもらった。
敵のミサイル防御網を通り抜ける「極超音速ミサイル」とは
そもそも「極超音速ミサイル」とは、明確な定義のある呼び名ではない。極超音速はマッハ5以上の速度のことを指すが、極超音速で飛ぶミサイル自体は特に珍しいものではない。
例えば弾道ミサイルも、地上に落下する段階ではマッハ20以上にも達することがあるからで、速いだけでは極超音速ミサイルとは呼べないのだ。マッハ5以上の極超音速を出せるミサイルのうち、敵のミサイル防御網を破るための工夫がされているミサイルのことを総称して「極超音速ミサイル」と呼んでいるのが現状だ。
その極超音速ミサイルには、打ち上げられた後に滑空するだけの極超音速滑空体(HGV)とエンジンを持つ極超音速巡航ミサイル(HCM)の2種類がある。
ロシアで新型ミサイルの開発が進む
ロシアに「イスカンデル」というミサイルがある。正確にはミサイルそのものではなく「イスカンデルMシステム」という、ミサイル発射システム全体を指す名称だ。
このシステムから発射されるミサイルのうち、「9M723」という短距離弾道ミサイルがある。最大射程500キロメートル、最高でマッハ5.9のスピードが出るミサイルだ(厳密には「極超音速ミサイル」ではないとする説もある)。
この9M723最大の特徴は、今までの弾道ミサイルとは異なり、上昇中や命中寸前の段階でも進む向きを変えることができ、なおかつ迎撃レーダーの追尾をかわすために比較的低い高度で飛べることだ。つまり、追尾・迎撃がしにくい弾道ミサイルなのだ。
ウクライナ侵攻で極超音速ミサイルを実戦投入
そして、9M723弾道ミサイルをベースに、航空機に搭載する空中発射型弾道ミサイルとしたのが、ウクライナ侵攻にも投入された「キンジャル」だ。
キンジャルは、空中発射型としたことでさらに速度が増し、最大でマッハ10にも達するといわれ、さらに、通常弾頭以外にも核弾頭を積むことができるといわれている。ただでさえ核ミサイルは恐ろしい存在であるのに、それが迎撃しにくいとなれば、重大な問題であることはいうまでもない。
ロシアは近年、ミサイル防衛網(弾道ミサイルによる攻撃に対して主にミサイルで迎撃して防御するシステム)を突き破ることのできる新型ミサイルの開発に注力してきた。その1つの形が、9M723でありキンジャルなのだ。
中国・北朝鮮も発射実験に成功。日本の対応は
さらには極超音速の巡航ミサイルの開発も進めている。艦艇発射型対艦・対地ミサイルの「ツィルコン」がそれだ。こうした極超音速ミサイルについては、ロシアに続き中国、北朝鮮も発射実験に成功したと発表している。日本の周辺国がこぞって装備するとなれば、国防上大きな問題になるだろう。
これらの極超音速ミサイルに対抗する術については、残念ながら現状すぐに使えるものはない。現在自衛隊が導入している、イージス艦搭載のレーダーとミサイル、地上発射型のミサイルを組み合わせた弾道ミサイル防衛のシステムでは、極超音速ミサイルには対応がより困難なのだ。
アメリカでは、早期警戒衛星を比較的低い軌道に多数投入し、それらの衛星でミサイルを探知・追尾することを計画しており、これに加え、艦艇に搭載するレーダーやミサイルを開発、極超音速ミサイルへの対応を進めている。
また防衛装備庁でもすでに、極超音速ミサイルに関する研究が進められていると聞くが、これらの知見が新たなミサイル防衛システムなどの導入に向けた動きを加速させると思われる。
【能勢伸之】
フジテレビ上席解説委員。防衛・安全保障関連の取材歴が長い。著書に『極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」』(扶桑社)、『ミサイル防衛』(新潮社)などがある
<文/臼井総理 イラスト/松岡正記>
(MAMOR2022年8月号)