潜水に関する医学や心理学、人間工学などを研究し、深海で遭難した潜水艦から乗員を救出するという特殊な任務を担う潜水士を養成しているのが、神奈川県横須賀にある海上自衛隊潜水医学実験隊(潜医隊)だ。
すさまじい水圧に耐えながら安全で確実な救出作業を行うため、時には深度450メートルを想定した環境での作業も行う。日本で一番深い海に潜る隊員たちに迫る。
【潜水艦救難艦『ちよだ』】
深海救難装置や深海救難艇など、事故で海底に沈んだ潜水艦を救出するための特殊装置を装備している。
<SPEC>基準排水量:5600t 全幅:20m 全長:128m 速力:約37km/h 深さ:9.0m 喫水:5.2m
潜水医学実験隊の特殊な任務に迫る
潜医隊では、これまで人間が水中に潜れる深度の限界に挑戦してきた。その経験の積み重ねが、深海という特殊で危険な現場で作業する優秀なダイバーの育成に役立っている。
水中に潜るということは、地上よりも高い圧力を受けるということ。その水圧は人体や潜水艦にどのような影響を与えるのか、その環境下で安全に作業を行うにはどのようにすればいいのか。
そのための調査や研究、遭難した潜水艦を救出するため深海に潜水する隊員および医官の訓練と養成、さらには潜水艦乗組員や潜水士の適性検査、健康管理や診療支援などの医務衛生業務などを任務としているのが、神奈川県の横須賀田浦地区にある海上自衛隊潜水医学実験隊である。
潜水艦と切っても切り離せない命綱的な存在の部隊
その前身である潜水医学実験部が海上自衛隊横須賀地区病院に発足したのが1967年。10年後の77年に潜水医学実験隊となり、潜水に関する特殊な教育課程を開始した。
これまで多くの潜水士や、減圧症や高気圧障害など潜水をめぐる医療に従事・研究する潜水医官を輩出するとともに、生身の人間が深海に潜るための「飽和潜水」に挑戦し続け、92年には飽和潜水450メートルという潜水深度の日本記録を達成。この数字は、当時世界でも2番目に深い記録であった。
潜水医学実験隊の編成は企画室、管理部、各種実験を行う3つの実験部、課程教育、訓練指導などを担当する教育訓練部で、医官5人、潜水員20人、研究者など約60人が所属している。
部隊には、深さ11メートルの「訓練水槽」や、地上に深海を再現できる「深海潜水訓練装置」、減圧症をはじめ高気圧下で治療効果が期待でき、さまざまな疾患に対応できる「高気圧酸素治療装置」など、中には日本でここだけにしかない特殊な装置が配置されている。
深海での潜水艦の遭難など、水の中における万一の事態に対応するための人と装備が備わっているのが、この潜水医学実験隊なのである。
高気圧で酸素を人体に取り込む装置はさまざまな医療に活用
その特殊な装置の一例を紹介する。高気圧の環境下では、人体は普段より高濃度の酸素を吸収することができる。この特性を生かし、減圧症や潜水障害の治療を目的として開発された設備が「高気圧酸素治療装置」(再圧タンク)である。
さらにこの装置は、急性一酸化炭素中毒や突発性難聴、血行障害などさまざまな疾病の治療にも効果があるため、潜水医学実験隊と同じ田浦地区の敷地内にある防衛省運営の自衛隊横須賀病院が窓口となって一般市民への医療設備としても提供されている。装置の細かな構造は違うが、スポーツ選手が骨折などのケガをしたときに行う「高酸素治療」に使う装置とイメージは近い。
装置内のタンクは全長6メートル、内径2・8メートルで、8人まで収容が可能。通常は看護師も同室して1日に30分×3回の施術を10~30日行う。症状によっては1日タンク内に留まることもあるため、内部にはトイレも設置されている。
さらにこの潜水医学実験隊所有の装置ならではの特徴が、タンクに「NATO標準ハッチ」が取り付けられていることだ。これは可動式の高圧カプセルに乗った加圧治療中の患者を、カプセルからそのまま再圧タンクに搬入できるハッチで、これにより加圧治療を継続したまま患者を高気圧酸素治療装置に運び入れ、治療を可能とする。
(MAMOR2019年11月号)
<文/古里学 写真/長尾浩之、防衛省>