• 画像: 元海上自衛官が届ける艦艇エンタテインメント 時武里帆さんインタビュー

     元陸上自衛官が芥川賞を受賞するなど、自衛隊出身者が手掛ける作品が文学界をにぎわせている。その中の1人、元海上自衛官の時武里帆(ときたけりほ)さんに著作『護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』シリーズの話を聞いた。前編は作家・時武里帆のベースとなった自衛官時代の話を紹介しよう。

    【時武里帆(ときたけ・りほ)】
    1971年、神奈川県生まれ。94年、明治大学を卒業し海上自衛隊に入隊。任官後、女性自衛官として初めて遠洋練習航海に参加する。練習艦『みねぐも』(現在は除籍)に勤務後、退職。2014年、時武ぼたん名義で『ウェーブ 小菅千春三尉の航海日誌』(枻出版社)でゴールデン・エレファント賞大賞を受賞し、小説家としてデビュー。同名にてエッセイ『就職先は海上自衛隊 女性「士官候補生」誕生』、『就職先は海上自衛隊 文系女子大生の逆襲篇』(共に潮書房光人新社)を発表。2022年よりペンネームを時武里帆に改め、『護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』を発表。同年3月28日に『試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』(共に新潮社)が発売される。

    制服に憧れて海上自衛隊に入隊

    ーー時武さんが自衛隊に入隊されたきっかけについて教えてください。

    時武:大学4年生のとき、隣に住む親戚が富士総合火力演習(陸上自衛隊が静岡県御殿場市の東富士演習場において行う国内最大規模の実弾射撃演習)を見に行きました。その手土産に自衛官募集のパンフレットをもらい「自衛官って特別職国家公務員なんだ」と初めて知ったんです。世の中の景気があまりよくない時代だったので、安定している公務員の仕事に興味もあり、自衛隊の募集案内所(現在の地方協力本部)に話を聞きに行きました。

    ーー陸・海・空の3自衛隊の中から海上自衛隊を選ばれた理由は?

    時武:単純な話ですが制服が素敵でした。募集案内所で担当の方が資料を探している間に、自衛隊のビデオを見ていたんです。そこに映っていた海上自衛官の制服姿がとてもかっこよくて「入るなら海自だ」と思いました。水泳もできなかったのですが、そんなことは全く気にしていませんでしたね。幹部候補生の試験に合格したけれど、職種も何も知らずに入隊しました。

    画像: 通称「赤レンガ」と呼ばれる海上自衛隊幹部候補生学校庁舎(写真提供/防衛省)

    通称「赤レンガ」と呼ばれる海上自衛隊幹部候補生学校庁舎(写真提供/防衛省)

    とにかく大変だった幹部候補生学校時代

    ーー知識ゼロで入隊されたのですね。入隊後の教育期間は大変だったのではないでしょうか。

    時武:毎日分刻みのスケジュールだったので、不安を感じる余裕がなかったです。「とにかくやるしかない」と必死でした。泳げなかったので、幹部候補生学校で行う遠泳には苦労しました。泳ぎの得意な同期生が後ろから足を押してサポートもしてくれて、力を合わせる大切さも学びました。あとは「5分前の精神」(常に一歩先のことを考え、それに対する時間的、精神的余裕を持つための考え方。海上自衛隊では、定刻の5分前には準備を終えておき、定刻と同時に作業を進められるよう教育を受ける)でしょうか。これは今でも生活に根付いてます。

    画像: 約15キロメートルを泳ぐ幹部候補生学校の伝統行事「遠泳」(写真提供/防衛省)

    約15キロメートルを泳ぐ幹部候補生学校の伝統行事「遠泳」(写真提供/防衛省)

    遠洋練習航海を経て艦艇勤務へ

    時武:幹部候補生学校を卒業後、遠洋練習航海(約6カ月かけて10カ国以上を訪れる海上自衛隊の実習。幹部自衛官として必要な資質を身に付けるため、船乗りとしての知識・技能や国際感覚などを養う)に参加しました。私にとって初の長期航海です。赤道付近を通過しているときに大型の低気圧の影響で激しい嵐に遭遇しました。波は高く船体が激しく揺れ、初めてひどい船酔いにもなりました。海の怖さも知りましたし「私は艦艇で勤務できるのだろうか」と不安な気持ちになりましたね。

    画像: 遠洋練習航海で艦艇の方位を確認する訓練を行う実習幹部(写真提供/防衛省)

    遠洋練習航海で艦艇の方位を確認する訓練を行う実習幹部(写真提供/防衛省)

    ーー遠洋練習航海の実習時に、配属先などは決まっていたのですか?

    時武:まだ決まっていませんでした。泳ぎも得意ではないですし、漠然と広報のような仕事を担当したいと思っていました。でも広報の仕事はいろいろな職種を経験した人が担当する仕事で最初から配属されることはなく、であればなんでもやってみようと。最終的に、艦艇勤務を拝命し、練習艦に配属されました。

    ーーひと口に艦艇勤務と言っても、さまざまな職種があります。時武さんはどんな仕事をしていたのでしょう?

    時武:水雷士(護衛艦や潜水艦で魚雷などの水中武器の操作や管理を担当)です。水雷士は訓練で発射した模擬弾を回収するという任務があるのですが、荒れた海の中を作業艇(小型の船)で進むんです。激しく揺れてとても怖くて。どんな方向に動くかわからないジェットコースターのようでした。私は幹部自衛官でしたので作業艇の指揮を執ったのですが、操船をベテランの隊員が担当してくれて心強かったことを覚えています。作業に関わる隊員は約10人。それぞれが自分の役割をしっかり果たすからこそ達成できた任務だったと思います。人生観が変わるくらい印象的で怖い体験でした。

    等身大の自分をモデルに作家デビュー

    ーー練習艦の水雷士として1年くらい勤務し、海上自衛隊を退職。時武ぼたんのペンネームで作家デビュー(『ウェーブ~小菅千春三尉の航海日誌~』・枻出版社)されています。自衛隊を舞台にした理由を教えてください。

    時武:元々作家志望だったこともあり退職直後から作品を書き始めました。最初は純文学を書いていたのですが、なかなか芽が出ませんでした。エンタテインメント小説の通信添削を受講していたときに先生から「海上自衛隊にいたのなら、自衛官が主人公の作品を書いてみては?」と勧められ、自衛隊を舞台にすれば大変なことも充実さを感じたことも、いろいろなことを書けると考えました。そこで考えついたのが、自衛隊の知識ゼロで泳げない女子大生が海上自衛隊に入隊して練習艦隊で勤務する、といった自分をモデルにした作品です。

    画像: 「自身に身近な例として自衛隊をテーマにデビュー作を書きました」と時武さん

    「自身に身近な例として自衛隊をテーマにデビュー作を書きました」と時武さん

    <取材・文/マモル編集部 撮影/増元幸司>

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