• 画像: 自衛隊の「指揮官」と「幕僚」は何が違う? 前統合幕僚長に聞いた

     自衛隊の指揮官を補佐する「幕僚」。現代の自衛隊における幕僚の意味とは、また指揮官と幕僚の違いとは何か、優れた幕僚の条件とは何なのだろうか。前統合幕僚長であり、幕僚と指揮官のどちらも豊富な経験をもつ河野克俊氏に話を伺った。

    専門スタッフ集団の幕僚はあくまでも指揮官の黒子

    2014年に統合幕僚学校の視察をする河野統合幕僚長(当時、左)。指揮官との懇談や校長による教育内容説明などを行った

    「指揮官は万能ではありません。軍隊の規模や構成が大きくなり作戦も複雑になった近代以降、一般企業と同じように指揮官1人の能力で全てを判断することは困難になりました。そのため専門分野での知識を有するスタッフが指揮官を補佐していく幕僚組織は、今の軍事組織においてなくてはならない存在です」

     このように河野氏は現代における幕僚の重要性を指摘する。スペシャリスト集団が指揮官を支援し、任務の遂行をフォローするというのが幕僚の基本的な性格である。

     実際に自衛隊の幕僚は、人事、情報、作戦、兵たん、広報などの統合幕僚、医務・衛生、監察、法務などの専門幕僚、整備や通信、安全などのそのほかの特別幕僚など、機能別に細かく専門分野が分かれている。

     では同じ部隊の中核にありながら、指揮官と幕僚の違いは何か。河野氏によると統率権、指揮権があるのは指揮官であり、幕僚にはそれがない点だという。

    「幕僚はアイデアは出しますが、あくまで黒子であり表に出ない存在。一方指揮官は、幕僚の出した情報から判断したり見積を了承し、最終的に判断をして命令を下達しなければならない。ですから極論すると、指揮官は全ての判断に責任が伴うが、幕僚は指揮官の下した判断に対して責任を問われることはないことになります」

     この指揮官と幕僚の関係を誤ってしまったのが旧日本軍であり、1939年に起こったノモンハン事件など、指揮官を差し置いて参謀が先頭に立ち部隊に命令を発したため、結果的に大きな混乱を招いてしまったというのが河野氏の考えだ。

    新たな人材が求められる。今後は文民の協力も必要に

    画像: 1991年にペルシャ湾に派遣された自衛隊員。多国籍軍とともに、イラク軍が敷設した機雷の処理を行った

    1991年にペルシャ湾に派遣された自衛隊員。多国籍軍とともに、イラク軍が敷設した機雷の処理を行った

     その幕僚に求められる資質、能力は、担当する領域における専門的な知識はもちろんだが、司令官や組織に対する忠誠心、さらには幕僚同士のチームワークなどである。スタッフ間の連携や情報の共有がうまくいっていないと、組織の機能や機動力が落ちてしまう。

     また個々のスタッフが優れていても、それを束ねる幕僚長の分析力や判断力が伴わないと幕僚組織はその実力を発揮できない。幕僚長の力量に幕僚組織の力量は左右される面が大きいと河野氏は指摘する。

     河野氏は、1991年にペルシャ湾へ掃海任務で派遣されて以来、自衛隊は社会へ積極的に関わってくるオペレーションの時代に入ったという実感があるそうだ。

     さらに近年、PKOによる海外派遣や災害派遣など自衛隊の活躍する場が広がり、陸・海・空各自衛隊が統合して任務にあたることも多くなった。そうした、「積極的に動き、顔の見える自衛隊」の時代になって、それを動かす指揮官の責任もどんどん重くなっている。

     そのため、今後さらに新たな知識をもった人材が幕僚に求められるだろうと予想する。

    「これからは、軍事組織出身でない幕僚が幕僚組織に入ってくることもあり得るでしょう。実際にアメリカ軍のインド太平洋軍には、必ず国務省から外交補佐官が同行し、外交的な判断を迫られたときの司令官の補佐をしています。

     今後自衛隊がさらに外に向かって活動していく中で、そうした自衛官と文民(制服軍人でない者)の協力も必要になるでしょう」

     幕僚組織も時代によって変化する、ただ幕僚に指揮権がないということだけは変わらないと最後に河野氏は強調した。

    【河野克俊】
    1954年生まれ。北海道出身。77年に防衛大学校卒業後、海上自衛隊入隊。2014年に第5代統合幕僚長に就任。19年に退官し、現在は川崎重工業株式会社の顧問を務める。著書に『統合幕僚長―我がリーダーの心得』(ワック)

    <文/古里学 写真提供/防衛省>

    (MAMOR2022年3月号)

    勝つために幕僚がいる!

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