1988年のソウルオリンピックにシンクロナイズドスイミング(現アーティスティック・スイミング)日本代表として出場し、銅メダルを獲得。その後、日本代表コーチなどを経て、メンタルトレーニング指導士として活躍する田中ウルヴェ京さんに、メンタルヘルスの大切さを聞いた。
「心もけがをする」からメンタルヘルスケアは大切
2021年、テニスの大坂なおみ選手がフレンチオープンを、東京オリンピックでは体操のシモーヌ・バイルス選手が団体決勝を欠場したことが大きなニュースになりました。2人がメンタルの不調を理由としていたことで、スポーツの世界を超えて、メンタルヘルスがあらためて注目されました。コロナ禍で人々がストレスというものを実感し、メディアも関心を寄せるようになったことも大きいのではないでしょうか。
そもそも「ヘルス」にはフィジカルもメンタルも含まれるものなのにメンタルはおざなりにされてきた面があります。体をけがすれば治療したり休んだりするのに、心は見えないものなので無理をしがちでした。でも「心もけがをする」のです。メンタルが健康であることはスポーツにおいて最も重要です。そしてスポーツに限った話ではなく、体のケアをするようにメンタルもケアが大事なのです。
メンタルトレーニングに求められるのは、フィジカルにおいて弱い部分を鍛えるように、心にも持久力をつけたり瞬発力をつけることでパフォーマンスを向上させることにつながっていくことにあります。
感情自体はコントロールできませんが、感情が行動に影響を及ぼすことを自覚した上で、行動を最適化することが大切です。バスケットボールでどんなにフリースローがうまい選手だって、落ち込んでいたりすればそれが指先に影響して入らなかったりしますが、緊張やいら立ちがどのようなときに起きるのかを自覚し、それらにどう対処するのか。そこにメンタルトレーニングの意義があります。
ただ、本当の自分の感情と向き合うことに抵抗感のない人は少ないでしょう。やりたくないことに取り組むこと自体が挑戦ですから、私の場合、引っ張り上げようとするのではなく、後ろから「頑張れ」と励ましている感じで接することを心掛けています。なによりも、自分で気付くことが重要ですから。
漠然としたやる気ではなく“何のためか”を見つける
メンタルということで気を付けなければいけないことがあります。頑張らなきゃ、やる気出さなきゃ、と漠然と「やる気」を維持しなければいけないと思い込むことです。ただやる気を出そう、維持しようというのではなく、何のためにスポーツをするのか、何のためにその仕事をするのかを見つけることが重要です。見つけられた人は強いと思います。
メンタルヘルスの大切さについてお話ししましたが、ストレスのかかる職務であればなおさら、かかるストレスにどう対処するか、そしてその対処法の種類を増やすことが重要です。ストレス自体は変えられませんが、捉え方は変えることができます。
【五輪メダリスト・メンタルトレーニング指導士 田中ウルヴェ京さん】
1967年、東京都生まれ。ソウル五輪シンクロ・デュエット銅メダリスト。アメリカの大学院で修士修了(スポーツ心理学)。日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士。トップアスリートをはじめ、経営者・医師・研究者などに心理コンサルティングを行う。IOCマーケティング委員。スポーツ庁スポーツ審議会委員。フランス人の夫と一男一女の母
<文/松原孝臣 撮影/林 紘輝(扶桑社)>
(MAMOR2022年2月号)