古来、日本には武道にゆかりのある「心技体」という言葉があります。精神力(心)・ 技術(技)・ 体力(体)を鍛錬し、その3つを調和させることで真価を発揮できるといわれています。東京2020オリンピックで、自衛隊体育学校に所属するアスリートたちが、史上最多となる4種目5個のメダルを獲得しました。コロナ禍で1年延期となり開催の是非が論じられる中、選手たちはいかにして「心技体」の最初に位置する「心」を整え、栄光を勝ち得たのでしょうか?
ボクシング女子フライ級 銅メダル:並木月海選手
東京オリンピックのボクシングで、日本女子2人目のメダリストとなった並木月海3等陸曹は思いがけないひとことを口にした。
「自分は変人なんです(笑)。例えば試合前は緊張するじゃないですか。そのときが楽しいんです。オリンピックも緊張しましたが、それを味わっている自分が好きでした」
大舞台でのしかかる重圧に悩む選手が多いことを考えれば対照的だ。そんな心境になれた理由をこう語る。
「緊張を楽しめるくらい自信を持って大会に臨めていたからです。日ごろの練習への取り組みであったり、私生活も含め、ボクシングに費やしてきました。それを何年も積み重ねて、自信とともに試合に向かえるメンタルができあがったと感じます」
自衛隊体育学校で生じた変化
もともとは、そこまでストイックに取り組んでいたわけではないという。
「変化したのは、自衛隊体育学校に入校して2年目くらいからです」。高校時代は無敗の成績を誇っていたが、入校後は全日本選手権準決勝で敗れるなど結果は上向かなかった。
「成績が残せず悩んでいるとき、母に『だらだらやるくらいならやめたら』と言われました」。応援し続けてくれた母の言葉をきっかけに、自分の姿勢を振り返ってみた。
「コーチから言われたことをやっているだけで、ぼーっと過ごしてきた。これではだめだ、と感じましたし、コーチが替わってマンツーマンで見てくれたのも変われたきっかけになりました」
新たなコーチとは練習メニューや体重の管理の仕方も話し合いながら決めていった。その中で並木3曹は主体的にボクシングに取り組む姿勢を育み、心から勝ちたいと思うようになった。受け身だった姿勢は消え、生活でもボクシングを中心に考えるようになった。
先輩自衛官を追いかけて掴んだ銅メダル
身近に「手本」となる存在があることにも気づいた。リオデジャネイロ、東京オリンピックのボクシング代表である成松大介1等陸尉だ。
「とてもストイックで、その背中があったからこそ追い掛けることができました。また、『こういう人になりたい』と思ういろいろな競技の先輩方の存在も大きかったです。どの選手よりもボクシングに打ち込んできたと思えるところまでやって、メンタル面でも安定するようになりました」
メダルは手にしたが、まだ成長途上にあると考えている。
「自分自身、満足ができる試合を一度もしていません。自分自身に勝ちたいですし、自分自身を乗り越えて世界一になりたいと思っています」
【並木月海3等陸曹】
1998年生まれ。千葉県出身。2017年より自衛隊体育学校に所属。幼いころから空手やキックボクシングを習い、中学からボクシングを始める。世界選手権で18年に銅メダルを獲得。軽快なフットワークと左ストレートが武器
<文/松原孝臣 撮影/鈴木教雄 競技写真撮影/代表写真JMPA+土居誉>
(MAMOR2022年2月号)