•  島しょ部防衛強化のため、2024年を目標に陸上自衛隊と海上自衛隊の共同部隊である海上輸送部隊が新編されることになった。陸自ではこの部隊の新編に向けて、19年より海自術科学校などでの教育受講・研修および海自部隊への要員配置により、艦船の運航に必要な知識・技術を習得するための人材育成に取り組んでいる。

    画像: 第2術科学校の実習室で、海自学生に交じり、熱心に説明を聞く陸自学生。教官(写真左)は「いいね?」、「わかった?」と逐一確認しながら実習を進める

    第2術科学校の実習室で、海自学生に交じり、熱心に説明を聞く陸自学生。教官(写真左)は「いいね?」、「わかった?」と逐一確認しながら実習を進める

     艦艇を動かすエンジンはサイズ、パワーとも大型で、その整備のために学ばなければならないことは山ほどある。とはいえ陸から海へと活躍場所が変わっても、陸自も海自も同じ仲間。機関員として奮闘する陸自学生の姿を追った。

    横須賀の“エンジンの学校”で実物を使って教育する

    画像: 海自の教育を受ける陸自隊員は、陸自で10年以上の経験を積んだ者も多いが、若い海曹たちとともに一から学び、楽しみながら切磋琢磨している

    海自の教育を受ける陸自隊員は、陸自で10年以上の経験を積んだ者も多いが、若い海曹たちとともに一から学び、楽しみながら切磋琢磨している

     艦艇の推進機関であるエンジン。その運転と整備に携わる機関員を養成するのが「機関」の教育だ。この教育へは、1期生が幹部3人、陸曹2人、2期生が幹部、陸曹各1人が選考された。運航の教育と同じく、1期生は初年度は術科学校での研修の後、幹部は専門機関課程を経て輸送艦に、陸曹は輸送艦勤務の後、ディーゼルエンジンの運転・整備の専門知識を学ぶ海士ディーゼル課程を経て、再び艦艇勤務となる。2期生は幹部は集合教育の後、遠洋練習航海、専門機関課程を終えて輸送艦に乗り、陸曹は一般海曹候補生課程、輸送艦勤務、海士ディーゼル課程へと進んでいく。

     運航の陸自学生が江田島の第1術科学校に進んだのに対し、機関の学生が学ぶ所は神奈川県横須賀の第2術科学校、別名“エンジンの学校”だ。ここでは各種エンジンの実物を使っての運転、整備の実習や、洋上での事故、損傷などに対応する応急工作員の育成、さらには付属装備品や英語まで、多彩な教育を行っている。

    「呉や横須賀に行くと、街が『海軍さん』を前面に押し出してアピールしています。陸自ではあまりないので、ちょっとうらやましいですね」と畑中2曹 写真提供/防衛省

     陸自学生は輸送科出身ということもあり、車両の構造やディーゼル・エンジンに関しての知識は持っている。しかし陸自学生の畑中大輔2等陸曹は「海自の機関科のディーゼル員は、エンジンだけでなく艦の運航に必要な装置とそれに付属するポンプなどの機器、さらには冷凍機や冷房機までも整備しなければなりません。陸に比べて非常に守備範囲の広い職種です」と話し、驚きながらも興味と探求心にかられるという。

    画像: 触れたり、振動音を聞き分けるなどして、エンジンのガス漏れを確認する実習を行う大石2尉(写真右)。「エンジンの不具合は乗員の命に関わることなので、知識や技術の重要性を感じます」と語る 写真提供/防衛省

    触れたり、振動音を聞き分けるなどして、エンジンのガス漏れを確認する実習を行う大石2尉(写真右)。「エンジンの不具合は乗員の命に関わることなので、知識や技術の重要性を感じます」と語る 写真提供/防衛省

     実際に第2術科学校の教育第1部ディーゼル教官室の講義・実習は、護衛艦『あぶくま』や『おおよど』など、全長100メートル以上、基準排水量2000トンクラスの艦を動かすことができるS12Uディーゼル・エンジンを使って行われる。講義の後は、15.5トンもある巨大なエンジンの実物を使って、さまざまなパーツや機能を説明。それを点検した後に駆動させ運転、停止までの手順を事細かに実習する。教官である辻村繁喜海曹長は、陸自・海自の区別なく教育を行っているが、陸曹学生はゼロからのスタートになるので、できるだけ質問時間を多くとり、理解しているかどうか確認しながら課程を進めているそうだ。

    教育内容は多岐にわたる。教官の辻村海曹長は「陸も海も空も、やるべきことは一緒」という信念から、陸自学生へも海自同様高度な専門技術を指導している

     一方幹部学生は、将来的に機関業務の指揮官である機関長を目指すため、機関士へ指示を出したり、機関部の運転監視を行ったりするための教育を受ける。緊急時に対応する応急工作員のための専門課程の実習もあるが、これは機関科の職種である応急工作員の指揮官となるための教育だ。艦艇の損傷、火事、浸水を実際に発生させる装置を使って、学生は水浸しになったり炎熱地獄の状態で応急措置を行う訓練も行う。艦艇という密閉された空間で起きた事態に、いかに素早く適切に対応するか、その事故状況を体験することで対処能力が身に付いていく。

    画像: 「催涙線香実習」では多くの海自学生が“催涙ガスは初体験”とざわつく中、陸自で経験済みの大石2尉(写真手前)は慣れた手つきでマスクを装着

    「催涙線香実習」では多くの海自学生が“催涙ガスは初体験”とざわつく中、陸自で経験済みの大石2尉(写真手前)は慣れた手つきでマスクを装着

     このほかにも、乗っている艦艇が敵からガス攻撃をされたと想定した「催涙線香実習」という訓練もあり、これはガスを発生させた密室内で学生に防護マスクを外させ、そのガスの威力と対処の仕方を身をもって学ばせる教育である。幹部としての教育を受ける大石聖2等陸尉は、「さまざまな経験を積んだ教官が実効性のある訓練・教育を行うため、緊張感があり機関科員としての心構えを学べます」と語る。

    専門性が高い教育内容。同じ目的を持つ仲間と成長できる

    陸自と違うものとして木村3曹が挙げたのが、“敬礼の腕の角度”や“ サイドパイプ(号笛) ”。「いったい何の音だか分からなくて、不思議でした」

     かなり専門性が高いだけに、多くの陸自学生にとって機関の職種は非常に難しい。南畑裕貴2等陸尉は「常に保守整備をしていても、艦艇では“これ、本当に直せるの?”と思うような故障が発生することもあります。それでも機関科の隊員は原因を突き止め、必要な部品を用意して修理します」、木村亮介3等陸曹は「海自の隊員にとっては当たり前のことが、自分ができないことにもどかしさを感じることがあります」と話す。

    画像: 第2術科学校での教育で身に付けた知識や技術を生かし、現在は輸送艦『しもきた』で機関部の運転監視・保守整備の業務を行っている南畑2尉

    第2術科学校での教育で身に付けた知識や技術を生かし、現在は輸送艦『しもきた』で機関部の運転監視・保守整備の業務を行っている南畑2尉

     しかしそうしたときでも、海自の教官、学生が親身になって支援してくれるので、着実に前に進んでいるという実感があるそうだ。大石2尉は「言葉の違い、文化の違いはありますが、陸自も海自も同じ目的を持った仲間です。多くの方と知り合うことにより、自分に足りない分野での成長を感じることができます」、南畑2尉は「シーマンシップをはじめとする、海上自衛隊員のセンスを持った陸上自衛隊員となるべく頑張っています」と前向きに語ってくれた。

    (MAMOR2021年10月号)

    <文/古里学 撮影/江西伸之 写真提供/防衛省>

    陸上自衛隊、海ゆかば

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