陸上自衛隊には、オートバイを自由自在に操り山河を駆け巡って情報を集める偵察隊がある。いったいどのような部隊なのだろうか。その存在意義や任務の重要性を、偵察部隊を含む機甲科の教育を行う富士学校で、偵察教官を務める井上敬宣3等陸佐に聞いた。
最前線で敵情を調べる自衛隊の偵察任務
偵察任務にオートバイを使うようになったのはいつごろからなのだろう。
「1962年、陸上自衛隊は13個師団編成になり、現在の偵察隊の原形が誕生しました。オートバイを運用する斥候班が生まれたのもこの時期です」
次に偵察隊の任務と意義を尋ねてみた。
「主力部隊に先立ち、作戦地域の地形や敵の状況を調べて報告し、指揮官の状況判断に役立つ情報を提供することです。偵察は空中から行う場合と地上からの場合があり、地上においては隠密に行うほか、あえて敵がいそうな場所に射撃や攻撃を加えて反応を見るなど“強行”して行う場合もあります。
オートバイを使うのは主に隠密行動の場合です。静かで軽量・コンパクトな車体のため発見されにくく、敵の第一線よりさらに奥まで走り、敵の背後から偵察を行うことも可能です。“敵がいるかもしれない地域”ではうかつに動けませんが、偵察によって“敵がいない地域”だと判明すれば、その後の作戦は大きく変わる。敵情が分からないモヤモヤ状態を“戦場の霧”と表現しますが、正しい情報を知ることは、その霧を晴らすことにつながります。指揮官にとってこれは非常に大切なことなんです」
先進機器と生身の身体で、任務に挑む
では、偵察任務の未来像はどのようなものになると考えられるだろうか。
「これまでの経験の蓄積や能力の向上とともに、科学技術の進歩がもたらす変化に対応する必要があるでしょう。ドローンやレーダー、センサーなど先進機器の活躍はさらに広がり、偵察オートは電動化するかもしれません。
しかし天候に左右されずあらゆる地形を克服し、“戦場のにおい”を五感で感じることのできる生身の隊員の重要性は、どんなに科学技術が発達しても変わることはないと考えています。新旧の手段をうまく組み合わせ、相互に補完しつつ最適な方策を考えることが、将来も大切だと考えます」
オートバイだけじゃない!偵察部隊の主要装備
師団・旅団隷下の偵察隊には、オートバイのほかにも機動性に富んだ偵察用の車両や装備が多く配備されている。ここではそのうち代表的なものを紹介する。
●85式地上レーダ装置
地上監視用のレーダーで、車両や人員などの移動目標および海上の船舶を監視できる。73式中型トラックの荷台にシェルターに収納されて積載されている。レーダーアンテナ用のポールは伸縮でき、地上約4.5メートルまで伸ばすことが可能だ。
●軽装甲機動車
小型かつ軽量な4輪の装輪装甲車で、C-130H輸送機やCH-47Jヘリで空輸できる。偵察部隊においては機動力と防護力を併せ持つことから、威力偵察の際にも使われる。固定武装はないが上部ハッチから5.56mm機関銃などの射撃が可能だ。
●軽雪上車
北海道など積雪地帯で斥候や偵察に使用、10式雪上車とともに運用される。ベースになった車両はヤマハ製のスノーモービルだ。2人乗りで、車体後部に大型のキャリアを備えており、無線機や予備の燃料、スキー板やスコップなどを搭載できる。
●82式指揮通信車
陸自が初めて採用した国産の6輪装輪装甲車。指揮官が前線で戦闘指揮を行うための車両だ。60センチメートルまでの段差を乗り越える能力や、水深1メートルまでの渡河性能を持つ。後部指揮通信室は天井が高く、立ち作業が可能。武装は12.7mm重機関銃。
●87式偵察警戒車
82式指揮通信車と共通の車体を持つ偵察用の装輪装甲車。防弾鋼板による装甲を持ち、25mm機関砲を装備することで、敵の攻撃に耐えつつ反撃もできる威力偵察が可能。パンクに強い、6輪の戦闘用タイヤを備え、舗装路では時速約100キロメートルで走行できる。
(MAMOR2021年8月号)
<文/野岸泰之 撮影/楠堂亜希>