•  その圧倒的なカッコよさに魅了された若者たちが戦闘機パイロットに憧れ、世界中で志願者を激増させた1本の映画がある。アメリカを代表する人気俳優の1人、トム・クルーズの出世作にもなった『トップガン』(1986年・アメリカ)だ。

    『トップガン』ではマーヴェリックたちが空中戦の技量を磨くべく、日々ハードな訓練を繰り返していた。航空自衛隊にもこれと同様、選ばれし戦闘機パイロットがエキスパートになるための教育訓練があるという。今回はその教育を行っている第306飛行隊を訪れ、訓練の様子を取材した。

    画像1: 戦闘機での空中戦に必殺技はない 第306飛行隊の「戦技訓練」とは?

    戦闘機が持つ能力を引き出し、いかにして勝つか、を教える

     F−15戦技訓練では、どんな教育や訓練が行われているのだろうか。飛び立つ戦闘機を見送ってしまうと、上空の様子を知ることはできない。「あまり具体的なことは申し上げられませんが」という条件付きで、基本的な内容を石津谷3佐が教えてくれた。

    画像: 教官と学生はその日の訓練について入念な事前ブリーフィングを行い、機体へと乗り込む。上空での訓練自体は1時間ほどの短時間集中型だ

    教官と学生はその日の訓練について入念な事前ブリーフィングを行い、機体へと乗り込む。上空での訓練自体は1時間ほどの短時間集中型だ

    「学生としてこの課程に入ってきたパイロットたちは、当然ある程度の操縦、戦闘技量を持っています。しかしいきなり飛ぶのではなく、まずは座学で戦闘機が機動する際の原理や基本的な戦術、武器の種類や使い方など、基礎的なことをしっかりと学び直します。それをクリアして初めて飛行訓練へと進むことになります」とのこと。

     気になる上空での訓練については、かいつまんで次のように話してくれた。

    「この戦技訓練では、近代化改修されたF−15Jという戦闘機と、これに搭載される装備品を使って、どうすればその能力を最大限に発揮して敵に勝つことができるのか、を突き詰めて教えるということです。もちろん空の上での状況は毎回違うので、こうすれば勝てるという正解はない。ただ、こうしたほうがより勝てる可能性が高まる、ということを教えるといったほうが適切かもしれません」

    画像: 推進力を高めるアフターバーナーの赤い炎を見せながら上空へと舞い上がるF-15J。その機動力の高さは地上から見てもよく分かるものだった

    推進力を高めるアフターバーナーの赤い炎を見せながら上空へと舞い上がるF-15J。その機動力の高さは地上から見てもよく分かるものだった

     石津谷3佐はそう言うと、もう少しだけ訓練について教えてくれた。

    「訓練は敵機の機数などの状況を変え、簡単なものから始めて徐々に難易度を上げていきます。最初は1対1の格闘戦、いわゆるドッグファイトから。理由は、まず戦闘機を手足のように思うままに操る技量を体得することが大切だからです。その後、学生1対教官2、さらに1対多、多対多など機数を増やしつつ、同時に距離も近距離から中距離へと、より複雑な対処が求められる内容に深化します」

    失敗は恥ではなく、宝。そこから何を学ぶかが大切

    画像: 飛行前、飛行後にパイロットは必ず機体の点検を行う。整備員任せにせず、自分の目で機体の状態を確かめることが安全につながる

    飛行前、飛行後にパイロットは必ず機体の点検を行う。整備員任せにせず、自分の目で機体の状態を確かめることが安全につながる

     戦技訓練において、教える側はどんなことに気を配っているのだろうか。教官である目黒司3等空佐に尋ねてみた。

    「まず、空中戦に必殺技はない、ということです。航空機は、全て空気力学や空気の密度など、物理的な原理原則によって飛んでいます。そのためこれをきっちり理解し、機体性能を100パーセント引き出せる操縦をできるようにするのが第一歩ですね」とのこと。

    教官を務める目黒3佐。「訓練を修了した学生が部隊に戻り、戦技指導者として活躍する姿を見るのはうれしいですね。学生から学ぶことも多く、自身の成長にもつながるのでやりがいがあります」

    『トップガン』に憧れてパイロットになった者も多く、学生たちは皆、腕に自信のある猛者たちばかり。負けん気とライバル心、そして各飛行隊の代表としての責任と自負にあふれているという。そんな学生たちに対して、上空できっちりと結果を出すことも教官の務めだ、と目黒3佐は言う。

    「つまり、模擬戦で学生がミスをしたら見逃さず、ちゃんと“撃墜”してあげるということです。いくら地上で理論を教えても完全に理解するのは難しいこともある。撃墜されるとものすごく悔しがりますから、その状況は忘れない。自分の技量や行動をきちんと認識させ、理論的に教えて理解させることが大切です。失敗は宝、きちんと原因を分析し、対処法を考えて次の訓練に生かせばいいんです」

     学生に戦い方を教えるには、教官自身も常に他国の航空機や新しい兵器などの情報を収集し、知識と技術をアップデートする必要があるという。「マーヴェリックの大胆さとアイスマンの冷静さを兼ね備えたパイロットは理想かもしれませんが、現実的ではない。ひたむきに努力して謙虚さを忘れず、どんな任務も達成できる能力を持った……そう、野球のイチロー選手のようなパイロットを育成したいですね」と目黒3佐は締めくくった。

    ライバルだが厚い信頼関係。パイロット同士の絆は固い

    画像: 訓練を終え、並んで隊舎に戻るパイロット。このあとすぐに、訓練時の映像と飛行データをもとにしたレビューが行われる

    訓練を終え、並んで隊舎に戻るパイロット。このあとすぐに、訓練時の映像と飛行データをもとにしたレビューが行われる

     訓練を受ける側はどんな思いを抱いているのだろう。答えてくれたのは学生として参加している高橋功嗣1等空尉だ。

    「訓練で最初に教官が飛ぶのを見たときは、“同じF−15Jとは思えない。どうすればこんな動きができるのだろう?”と驚きました。機体の特性を理解し、訓練を積み重ねればここまでできるんだな、自分も早くこんな操縦ができるようになりたい、と思いました」

     同じ学生同士、映画『トップガン』のマーヴェリックとアイスマンのようにライバル心がむき出しなのだろうか。

    「むしろ逆なんです。映画のようにポイントを競うわけでもないですし、4人の学生がそれぞれの部隊で培ってきた経験をもとに訓練内容の詳細を検討して決めるなど、結束して臨む場面が多いんです。ですから学生同士の信頼感と絆はとても深いと感じますね」

    画像: 教官と学生は訓練後にレビューを行い、問題点を入念に確認する

    教官と学生は訓練後にレビューを行い、問題点を入念に確認する

     上空での訓練の様子は映像のほか、機体の動きを記録したデータとして残される。地上に降りたらそれをもとにまず学生同士でレビューを行い、問題点の洗い出しや改善点などを話し合ってから、教官とのレビューに臨むのだという。

    「もちろん、お互い負けたくないというライバル心や、飛行隊の代表として恥じない成果を残したいという気持ちもあります。ただ、いざというときに命を預けられる仲間としての信頼感のほうが強いですね」とのことだ。高橋1尉は、日本のトップガンと称される戦技訓練を受けることをどう感じているのだろうか。

    「自分に向けられた期待の重さはプレッシャーですが、もちろん選抜されたことには誇りを感じています。教官や部隊の期待に応えられるよう、しっかりと訓練に励み、レベルアップを目指したいです」と答えてくれた。

    画像: 冬期はフライトスーツの下に耐水服を着込み、万一不時着水した際の体温低下を防ぐ。近代化改修機のヘルメットはHMD(ヘルメットマウントディスプレー)が採用され、視線の方向に空対空ミサイルを撃てる

    冬期はフライトスーツの下に耐水服を着込み、万一不時着水した際の体温低下を防ぐ。近代化改修機のヘルメットはHMD(ヘルメットマウントディスプレー)が採用され、視線の方向に空対空ミサイルを撃てる

     現代の戦闘機は高性能なレーダーやミサイルを積み、敵の姿を見る前に勝負が決まるともいわれる。ヘルメット越しに見た方向にミサイルを撃てる時代にドッグファイトなんて意味がない、という意見もある。

     しかし「どんなに技術が進んでも、敵の背後に回り込めば圧倒的に優位に立てるという空中戦の原則は変わらない。その技術をしっかりと身に付けることは絶対に必要です」と石津谷3佐は戦技訓練の意義を強調した。日本海のはるか上空では、今日も日本のトップガンたちが切磋琢磨を続けているはずだ。

    (MAMOR2021年6月号)

    <文/野岸泰之 撮影/近藤誠司>

    航空自衛隊トップガン

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