女子大から海上自衛隊幹部候補生学校に入校し、その後1等海佐までのキャリアを勤め上げ、退職後は高等学校校長や教育委員会参与として教育現場に携わったという竹本三保氏。そんな竹本氏に、国防と教育の両方に携わったからこそ浮き彫りにできた「自衛隊教育論」について伺った。
最初は“型”から入り、体で覚えることの大切さ
「私は海上自衛官から府立高校校長、つまり教育現場への転職を経験しています。皆さん驚かれるのですが、自分にとってはごく自然な流れでした。私は14歳のとき、『自分の国は自分たちの手で守らなくては』と感じ、海上自衛官を目指したのですが、当時、防衛大学校は女性を受け入れていませんでした。そこで『国にとって、“国防”と同時に“教育”も大事だな』と考え、女子大の教育学科への進学を決めたのです。
教師は聖職とも呼ばれますが、“国を守り、国民の命を守る”自衛官もまた聖職だと思います。どちらも全身全霊で取り組むという、緊張感を伴う厳しい現場です。ゆえに自衛隊での経験や考え方は、どんな状況や組織にも生かせるのではと考えています」
30数年に及んだ自衛官としての仕事を振り返って話す竹本氏に、教育者の立場から「自衛隊教育」の特徴を語ってもらった。
「私が最初に自衛隊で教育を受けたのは、1979年に入校した幹部候補生学校です。『敬礼』など、自衛官として必須の基本教練を初めて受けて印象的だったのは、繰り返し『型から入れ』と言われたことです。感情や理屈抜きに、まずは体で覚えることが大事であると。実際、所作をある型にはめること、形を整えることの教育効果は大きいし、即効性もあるのです。
海自へ入隊した学生は、入隊式前に1週間の訓練を受けるのですが、少なからぬ親御さんたちが、入隊式で子どもの立ち居振る舞いを見て、感激して泣かれるのです。『何もできなかったあの子がたった1週間で、ハキハキと大きな声で返事をし、背筋を伸ばしてあいさつができるようになるなんて』と。とはいえ、その先もずっと“型”のみにとらわれるのは問題ですし、仕事へのモチベーションを維持するためにも、その背景や理論を理解し納得することは必要です。ただ、あくまで“入り口”で、“型”を身に付けることは有効だと思います」
“型”を身に付けることを入り口とした自衛隊の教育を受けた若者は、一般社会において価値のある人材として評価されることも多い。自衛隊には 「任期制自衛官(注)」という制度があり、任期を終えて退職する自衛官が、スムーズに民間企業に就職できるよう、バックアップする制度もある。彼らの就職活動の際、自衛隊での教育によって身に付いた、きちんとしたあいさつや言葉遣い、元気、素直、粘り強さといった習慣は、企業から高い評価を得られるという。また、こうしたしつけを新入社員教育に取り入れるため、自衛隊への体験入隊を研修に取り入れる企業も少なくない。
「もしかしたら、今の家庭教育において欠けがちな、社会人としての基本的なしつけを、自衛隊教育が補っている側面があるのかもしれません」
(注)任期制自衛官:勤務期間が定められた自衛官のこと。一番下の階級、2等陸・海・空士に任官後、陸上自衛官では1年9ヶ月、海上・航空自衛官では2年9ヶ月、勤務する。任期満了後は本人希望により、さらに2年を任期とした継続が可能。
集団で任務を完遂するための強い絆とチームワーク
任務遂行のため集団行動が基本とされる自衛隊では、“集団としての型”を身に付けることも必要とされる。そのため、“全員の歩調を合わせること”も自衛隊の教育においては重要だと、竹本氏は語る。有事の際にチームワークが乱れれば、最悪の場合、国家の危機にも関わるからだ。指揮官は、部下一人ひとりに備わったさまざまな個性や性格、体格差や能力差を尊重しつつ、いかに“そろえる”か、という点に腐心する。
「利潤の追求を目的とした企業であれば、上司は部下を“能力の高い(できる)人”と“能力の低い(できない)人”に分け、できる人に多くの、重要な仕事を割り振るということもあるでしょう。業務の効率だけを考えれば、それも必要なことであるかもしれません。でもそうすると、“できない人”は存在感を失ってしまう。それは結果的に、チーム全体にとっても損失です。
自衛隊の団体生活に色濃く残る、“先輩が後輩を親身に育てる”という文化も、ごく自然に全員の歩調を合わせ、互いの人間性を育む教育の土台となっているのではないでしょうか。徒弟制度にも近いOJTや、寝食を共にし、“同じ釜の飯を食った”同期との深い絆が結ばれる環境も自衛隊の教育における大切な要素です。『あの先輩のために頑張ろう、同期のあいつが頑張っているから自分も頑張ろう』という気持ちが、隊員らの高いモチベーションとなるのです」
とかく“個性”を伸ばす教育がもてはやされ、“型”を身に付けさせる教育は古いと否定されかねない昨今。また、“個”を重視するが故にチームワークや協調性が失われがちな昨今ではあるが、災害やパンデミックといった未曽有の危機の現場で国民を救い、称賛される若者たちは、“型”から入り、集団生活でのチームワークを重視した自衛隊の教育によって育てられたということは広く知られるべきであろう。
【竹本三保】
1979年、海上自衛隊幹部候補生学校に入校。青森地方協力本部長、中央システム通信隊司令などを務め、2011年に1等海佐で退職。12年より大阪府立高校の学校長、17年より奈良県教育委員会事務局参与、20年より竹本教育研究所代表。著書に『国防と教育~自衛隊と教育現場のリーダーシップ~』(PHP研究所)などがある
(MAMOR2021年4月号)
<文/真嶋夏歩 撮影/近藤誠司>