•  航空自衛隊には、犬がいることをご存じだろうか?主に基地を守ることを“任務”とする「警備犬」だが、最近は、災害救助犬としての訓練を受けて災害派遣に出動したり、アメリカ空軍と共同訓練をしたりと、活躍のフィールドを広げている。

     マルチロールなプレイヤー、自衛隊・警備犬の最新情報をお届けしよう。

    警備犬をダイレクトに災害現場に到着させるヘリコプターホイスト訓練

    画像: 警備犬をダイレクトに災害現場に到着させるヘリコプターホイスト訓練

     2020年10月某日、航空自衛隊入間基地。津曲明一司令をはじめ、多くの隊員が見守る中、自衛隊初となる、輸送ヘリコプターによる警備犬とハンドラー(犬をサポートし、指示を出す人)のホイスト(つり下げつり上げ)訓練が行われた。災害派遣において行方不明者捜索の可能性を広げる、画期的な試みをリポートする。

    地上15メートルの高さから降下

    画像: 交通を断たれた災害現場に、早く確実に警備犬を派遣することを目的に、自衛隊初となるホイスト訓練が行われた。約15メートルの高さでホバリング(空中停止)するCH-47J輸送ヘリコプターの扉からハンドラーとともに警備犬が降りようとしている。

    交通を断たれた災害現場に、早く確実に警備犬を派遣することを目的に、自衛隊初となるホイスト訓練が行われた。約15メートルの高さでホバリング(空中停止)するCH-47J輸送ヘリコプターの扉からハンドラーとともに警備犬が降りようとしている。

     地上から約15メートルの高さでホバリングする輸送ヘリコプター、CH−47J。周囲には爆音が響き渡り、巻き起こるすさまじい風は真下の草をなぎ倒す。

    動作指示を出す隊員(ハンドラー)と警備犬はそれぞれハーネスを装着し、ハンドラーが警備犬を正面に抱きかかえる姿勢でゆっくりと地上に向かって降りてくる。

    ホイスト装置により、地上に降ろされたハンドラーと警備犬を、待機したロードマスターが、がっちりとサポートする

     開放されたヘリ前部の扉から、ハンドラーに抱きかかえられるようにしてつり下げられた警備犬がゆっくりと降下してくると、思わず「頑張れ……!」という言葉が口をついた。

    災害現場にみるヘリコプターホイスト訓練の有用性

    「訓練中は独特の緊張感がありましたね」と話す、長久保3曹

    「2019年の台風19号災害派遣で人命救助の任務を行った際、災害現場に直接、ヘリコプターから警備犬を降下させることができたら非常に有効ではないか、と感じました。とはいえ、まさかこんなに早く、自分が実際にホイスト訓練に従事することになるとは、驚きです」。こう話すのは、入間ヘリコプター空輸隊所属のロードマスター、長久保拓也3等空曹だ。

    画像: 18年7月西日本豪雨災害派遣での捜索活動。がれきや土砂のまわりを懸命に捜索し、2人の行方不明者を空自の警備犬が発見した

    18年7月西日本豪雨災害派遣での捜索活動。がれきや土砂のまわりを懸命に捜索し、2人の行方不明者を空自の警備犬が発見した 

    画像: 2019年10月、相模原市での台風19号災害派遣で、捜索現場に向かう空自の隊員と警備犬。台風による被害で足場が川のようになっており、隊員が警備犬を抱えて渡った(写真提供/防衛省)

    2019年10月、相模原市での台風19号災害派遣で、捜索現場に向かう空自の隊員と警備犬。台風による被害で足場が川のようになっており、隊員が警備犬を抱えて渡った(写真提供/防衛省)

     周囲の道路が寸断されるなど、災害現場が孤立してしまうケースは珍しくない。荒れた道を車両に揺られ、さらに悪路を歩いて現場へたどり着くまでには、隊員も犬も多くの体力を消耗する。生存者救出にはスピードが命だ。そこで、災害現場にピンポイントで警備犬を送り込むために考案されたのが、ヘリによるホイスト訓練なのだ。

    自衛隊史上初となる警備犬による災害救助訓練

    画像: 機内に設置されたケージ。向きや位置、扉の開閉方向に至るまで、安全に作業を進められるよう、検討が重ねられた(写真提供/防衛省)

    機内に設置されたケージ。向きや位置、扉の開閉方向に至るまで、安全に作業を進められるよう、検討が重ねられた(写真提供/防衛省)

     訓練計画は3段階にわたる。初段階は、エンジンを停止し、地上に駐機したヘリでのホイスト訓練。実際に上空からつり下げられるときの装備をハンドラー、警備犬ともに身に着け、高さ約2メートルあるCH−47Jの扉から地上までの数秒間、宙に浮く動作を繰り返し、感覚を身に付ける。次に、警備犬にCH−47Jのフライトを経験させ、着陸後、エンジンを回したままで扉から地上までつり下げる訓練を行った。エンジンが稼働した状態でのヘリの騒音や強い風に警備犬を慣れさせることも、この訓練の重要な目的だ。

     この2回の訓練の結果を受け、警備犬を収納するため機内に設置するケージの位置や向き、ケージの扉の開閉方向に至るまで、綿密な検討が行われた。当初はエンジン稼働の状態で警備犬が乗り込むことになっていた行程も、ストレス軽減を優先し、警備犬の搭乗が完了してからエンジンを稼働させる行程に変更された。

    画像: ハーネスを装着した警備犬とハンドラーは、ホイスト装置のリギングプレートにカラビナで連結され、ケーブルでつり下げられる。ハンドラーが犬を抱きかかえ、空中への一歩を踏み出す、この瞬間が訓練で最も大きな難所だ(写真提供/防衛省)

    ハーネスを装着した警備犬とハンドラーは、ホイスト装置のリギングプレートにカラビナで連結され、ケーブルでつり下げられる。ハンドラーが犬を抱きかかえ、空中への一歩を踏み出す、この瞬間が訓練で最も大きな難所だ(写真提供/防衛省)

    「警備犬とハンドラーはハーネスを装着し、ホイストケーブルの先端にあるプレート状の金具(リギングプレート)に、それぞれがつり下げられます。ハンドラーが犬を脇に抱える姿勢など、何通りか検討しましたが、一番安心感を与えられるであろう、正面で抱きかかえるスタイルに落ち着きました」と、長久保3曹。

     そして、訓練の3段階目に入った取材当日。飛行するヘリコプターからの降下訓練が、自衛隊史上初めて、実施されたのだ。

    自分が怖がっていると、犬にもその気持ちが伝わってしまう

    「この訓練によって、自衛隊の災害派遣活動に変化をもたらすと実感しました」と吉田3佐

     ヘリコプターを操縦した機長の吉田真人3等空佐は、「つり下げたときに万が一、警備犬がパニック状態に陥り、ハンドラーが制御できない状態になった場合には途中での取りやめも想定していました。しかし、実際には非常に従順で、ハンドラーとの意思疎通もよくとれていたため、安心して訓練に臨むことができました」と語る。つり下げ中に、ハンドラーと犬が風にあおられて回転してしまわないよう、風の向きなどを計算しつつ、ホバリングの高度に気を配ったという。

    ハンドラーとして3年のキャリアを持つ高原3曹。パートナーのダンテ号は2歳。「ダンテは警戒心の強い犬ですが、僕と一緒に居さえすれば、大概の訓練は楽しめる、明るい性格です」

     実は、犬をサポートし、指示を出すハンドラー自身も飛行中のホイスト訓練は今回が初めての経験だった。「犬は共感性の高い動物なので、自分が怖がっていると、その気持ちが伝わってしまう。不安にさせないためにも、できるだけ平常心を保つことを心掛けました」と、初めてのホイスト訓練を終えた高原洋一3等空曹は語る。

     実際、パイロットやロードマスターがどれだけ訓練環境を整えても、恐怖心と戦う犬を落ち着かせることは、ハンドラーにしかできない。訓練の成功を物語るように、ヘリからの降下時、さらにヘリへと戻る上昇時、警備犬の尻尾は楽しげに、そして頼もしく振られていた。

    画像: ホイスト訓練の当日、CH-47Jに乗り込む、ハンドラーの高原3曹と警備犬のダンテ号。設置されたスロープに、警備犬のストレス軽減を考慮した、ヘリコプター空輸隊からの心配りが感じられる

    ホイスト訓練の当日、CH-47Jに乗り込む、ハンドラーの高原3曹と警備犬のダンテ号。設置されたスロープに、警備犬のストレス軽減を考慮した、ヘリコプター空輸隊からの心配りが感じられる

     ヘリコプターからの降下は、空自だけでなく、自衛隊全隊として初めての試み。今はまだ手探りの状態とはいえ、大きな一歩として、確実な手応えを感じられた訓練だった。この試みは必ずや捜索救助の可能性を広げてくれることだろう。

    (MAMOR2021年2月号)

    <文/真嶋夏歩 撮影/荒井健>

    空飛ぶ自衛隊・警備犬

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