2020年8月、日本製レーダーがフィリピン軍に採用されることが決まった。「日本の防衛装備、初めての輸出!」と話題になった国産レーダーだが、レーダーといえば、天気予報から野球の球速測定、最近ではクルマの自動運転技術など、私たちの暮らしに身近な装置だ。
これまで、レーダーの基本的な原理や仕組み、自衛隊で運用されているさまざまなレーダーを解説・紹介してきたが、今回は、まだほとんど実用化されていないレーダーとステルス技術について紹介しよう。
超水平線レーダー(OTHレーダー)
大気に反射させて超長距離を探知する大規模なレーダー
電波は基本的に直進するので、レーダーが探知できる範囲は、通常は直接見通せる距離内に限られる。地平線や水平線の向こう側は探知できない。
ところが、電波の周波数が下がると事情が変わる。特に短波(HF)の場合、大気圏にある「電離層(上空約100〜1000キロメートルにある電気を帯びた空気の層)」によって電波が反射されるため、その電波は電離層と地表や海面との間で反射を繰り返しながら、ジグザグに進む性質がある。地球の裏側にある短波ラジオ局の聴取ができるのは、このためだ。
それを応用したのが超水平線(OTH、Over The Horizon)レーダー。電波を電離層に向けて送信すると、それが電離層と地表や海面との間で反射し、反射波も同じ経路をたどり戻ってくる。これなら遠方の目標も探知できる理屈だが難点もある。
まず、電離層の状況は常に一定ではないので、短波が届く範囲はそれにより変わってしまう。また、ジグザグに進むから、途中に電波の届かない場所ができる可能性もある。動作原理や電波の周波数の低さなどから、分解能はあまり高くない。オーストラリア軍では、広大な同国北西部を監視するために配備している。
大気圏の100~1000キロメートル上空にある「電離層」は、一部の電波を反射する性能をもつ。この電離層に電波を反射させて、水平線の向こう側を探知しようとするのが超水平線レーダーだ。
コンフォーマルアレイレーダー
航空機の胴体にも設置できる湾曲した非平面のレーダー
固定式アレイ・アンテナは電波の送受信をしやすいよう平面にするのが一般的だが、それを航空機に組み込むと、そこだけ真っ平らになってしまい、航空機では空気力学的に飛行性能の低下にもつながりかねない。飛行性能のため、形を整えるカバーを付ければスペースが無駄になる。そこで航空機の機体形状に合わせた形状(コンフォーマル)のアレイ・アンテナにすれば、その問題も解決するわけだ。
動作に際しての考え方は平面アレイ・アンテナと同じだが、曲面になると、並んでいるアンテナの位置関係が一定ではなくなる。その分だけ、電波を送受信するとき、アンテナごとの電波の位相を計算する作業は至難の業だ。しかも、個々のアンテナの位置関係を(曲面形状を保ちながら)正確に保持しなければならないので、製作や保守には手間がかかる。
実用例としては、ロシアのスホーイSu−57戦闘機が機首の両側面に組み込んでいる側方監視用レーダーが挙げられる。戦闘機のレーダーは機首方向しかカバーしないのが普通だが、側方監視レーダーがあれば左右の状況も分かり、敵の発見に役立つ。
また最近の各国の戦闘機では、レーダーに電子攻撃機能、つまり妨害電波を出す機能を追加する動きが出てきている。これをコンフォーマルアレイ・アンテナと組み合わせることで、「機体の全周をカバーする捜索能力と、敵レーダーを妨害する能力」の合わせ技が実現する日が、ひょっとするとやってくるかもしれない。
航空機の胴体など、曲面にもレーダーを搭載することができれば、後方や地上なども探知することができるようになる。だが平面のレーダーを曲面にするためには技術的な課題が多く、実用化されている例はロシアのスホーイSu-57戦闘機以外にはほとんどない。
マルチスタティック・レーダー
電波の発射と受信を別々の場所で行うマルチなレーダー
普通、レーダーは送信と受信を同じ場所で行うが、それを別の場所に分離する形態もある。送信用のアンテナと受信用のアンテナが1基ずつで、場所が違うのが「バイスタティック・レーダー」。送信用のアンテナ1基に対して複数の受信用のアンテナがそれぞれ異なる場所にあるのが「マルチスタティック・レーダー」だ。
後述するように、対レーダー・ステルス技術を実現する手法の1つに、「反射波を発信源とは違う方向に反らしてしまう」という方法がある。そこで「それなら、電波が反らされていく方向に受信専用のアンテナを置いておけば探知できるのでは?」という発想を具体化したのが、「バイスタティック・レーダー」や「マルチスタティック・レーダー」なのである。
受信する側は単に聞き耳を立てているだけなので、反射波を受信した場合に、それがいつ、どこの送信機から出した電波の反射波なのかが分からないと仕事にならない。そこで、送信機と受信機をネットワーク化して、「いま電波を出したが何か受信したか?」というやりとりができるようにする必要がある。また、携帯電話の基地局や放送局のような、既存の電波発信源を使用し、複数の受信機で探知を試みるという手法も研究されている。
一般的なレーダーは電波の発信・受信を同じアンテナで行うケースが多くみられるが、「マルチスタティック・レーダー」では、送信部と受信部を分けて探知を行う。
目標を探知するレーダーとレーダーをあざむくステルス技術
レーダーの進歩によって詳しく探知できるようになったが、探知される側も手をこまねいているわけではない。「ステルス」について、解説しよう。
レーダーの電波が探知目標に当たり反射して戻ると、探知目標の位置(距離や方角)を知ることができる。言い換えれば、電波を送信しても、探知目標からの反射波が受信できなければ探知は成立しない。それを利用したのが、いわゆる対レーダー・ステルス技術。
反射波を受信できないようにするには、大きく分けると2種類の方法がある。まず、反射波を発信源とは異なる方向に反らしてしまう方法。こうすれば、電波を送信したレーダーの所には、反射波は戻って行かない。もう1つは、レーダー電波のエネルギーを減衰させる方法だ。電波を吸収する物質を表面に張り巡らしておけば、反射波の強度が下がり、受信は困難、あるいは不可能になってしまう。
現在のステルス機では、これらの方法が併用されている。レーダーで目標を追跡するためには探知を続けなければならないが、ステルス技術を施した航空機は、レーダー上では、一瞬だけ現れてすぐに消えてしまう。
それでは、本物の探知目標なのか、誤探知なのかの区別が困難で、数や針路、速度が測定できなくなる。これでは、レーダーで探知しようとする側は何が起きているかが分からないし、対応ができない。これを「状況認識を妨げる」といい、対レーダー・ステルス技術の目的なのだ。
(MAMOR2021年2月号)
<文/井上孝司 イラスト/akinori washida>