かつて自衛隊といえば“男性社会”の象徴でした。看護職以外で女性に初めて国防の担い手としての道が開かれたのは1974年。防衛大学校が女子学生を受け入れたのが92年のこと。それから幾星霜、現在、女性自衛官たちは自衛隊のほぼ全職種で活躍ができるようになりました。彼女たちが一様に口にするのは、「私はイチ自衛官」。そう、国防を担う身には女性も男性もないということなのです。
そんな女性の自衛官としてトップキャリアの道を走る陸・海・空の3人が集結し、本音のトークを繰り広げてくれた。そこから見えてくる女性特有の苦労と努力の歴史、そして国を守るべく存在する、自衛官の今の姿とは?
前編では、女性が自衛官として働くうえでの「苦労と努力の歴史」を語ってもらいました。続く後編では、「家庭を持つこと、キャリアへの向き合い方」についてお話を伺います
<今回お話を伺った3人>
航空幕僚監部 総務部総務課 広報室長
吉田ゆかり 1等空佐
陸上幕僚監部 監理部総務課 広報室長
横田紀子 1等陸佐
海上幕僚監部 人事教育部 教育課 学校班長
小野小百合 1等海佐
男性自衛官ゆえの表に出せない苦労もある
吉田1佐(以下、吉田):育児や親の介護などのために勤務を調整する場合には、女性のほうが配慮してもらいやすいという環境はあるかもしれません。男性の場合、「どうしてお前が休みを取るんだ、嫁はどうした」と言われているのを見たり聞いたりしたことも。
小野1佐(以下、小野):女性の場合、出産後の離職率を上げないためにも、組織的に配慮してもらえることが多いようですね。
橫田1佐(以下、橫田):特に男性の幹部自衛官の場合、以前は奥さまは専業主婦の方が多かったのが、共働きも増えてきた印象があります。
吉田:そもそも自衛隊員の9割以上は男性で性別役割分担意識が強い中では、同じ制度の運用でも、女性のほうが使いやすいという側面はあるかもしれません。
小野:でも今は共働きの家庭が多いし、実はハイキャリアの妻を持つ自衛官も増えてきましたよね。
橫田:転勤も多いのですが、自分の転勤に合わせて奥さまにキャリアを中断してくれとは言いにくい(笑)。
小野:私の場合、夫は事務官ですが、子どもは夫に任せて私が単身赴任しました。
吉田:私は夫(元)と交互に育児休業を取りました。夫(元)の育児休業は、男性幹部自衛官としては空自初でした。
橫田:そういえば、陸自の定番的な「あるあるネタ」といえば、トイレの問題なのですが、最近はトイレ問題に悩むのは、むしろ男性隊員であることも多いんです。
吉田:家庭でのしつけや習慣の影響で、小便器を使えない男性が増えてきているとか……(笑)。
橫田:そうそう。トイレ中、お互い顔が見える状況なんて、あり得ないという若い隊員もいます(笑)。
吉田:以前、女性を増やす検討の中で、男女別のトイレは非効率と考えたので、「トイレは全て個室でいいのでは?」と提案したことがあったのですが、当時の同じ職場の男性は回転率がいいから小便器は必要だとおっしゃったんです。
小野:以前は女性が乗る艦艇のトイレ、風呂、洗面所、洗濯機は全て女性専用の設備を備えていたのですが、今は潜水艦のシャワーを男女で時間制にするなど、男女で同じ設備を工夫して使うようになりました。昔は「設備がなければ女性は乗れません」といった風潮がありましたが、今は自由度が増した気がします。
吉田:何でも女性用男性用と区別すれば、お金もかかりますしね。
橫田:例えば隊舎やシャワーだって、男性用、女性用と分けて区画を区切るから、出来心でのぞきたくなるのかもしれないですね。いろいろな人の目が行き届くようにすると、おそらく誰も覗かなくなりますよ。
吉田:男女の区別なく、ユニセックスにしちゃったほうが効率がいいことはたくさんありますね。
出産とキャリアの向き合い方
小野:とはいえ、どれだけ組織やシステムが変わっても、出産に関しては、やはり女性にとって大きなハードルです。
吉田:制度を正しく理解していないと、育児休業のタイミングを誤って、昇任に差が出てしまうこともありますしね。
小野:国家公務員でもある自衛官は、1月1日と7月1日の昇任日の基準日に休業していると、この日には昇任させられないのです。
吉田:昇任日の基準日には出勤して1年休んだ人より、基準日を挟んで2カ月休んだ人が昇任できなかったり。
橫田:われわれはさまざまな人事の制度の中で運用されていますので、制度を理解して助言するのも上司の役割。
吉田:一見優しいようでも、「いつ休んでもいいんだよ」なんて言葉をかけるのは、ある意味、無責任ともいえますね。
小野:自分が自衛官であれば、制度を知っておくべきだし、知ろうと思えば知る手段は多々あります。自分がやりたいこと、夢を実現するためには、階級を上げることも必要ですから、昇任したいのなら、ここは貪欲にしっかり考えないと。
橫田:もちろん、昇任日の基準日に休んで昇任が遅れても、いずれ同期に追い付くチャンスはあります。
小野:海自の場合、1度船に乗ったら1年乗りっぱなしだったりと、仕事のスパンが長いんです。保育園の手続きは11月が区役所の提出日だから、逆算すると5月には産んでおかないと“保活”(自身の子どもを保育園に入れるために保護者が行う活動)に勝てない。
だから私の場合は具体的に計画を立てて、1人目を産んで復帰後に副長(艦長の補佐役で護衛艦ナンバー2)をして、2人目を産んだ後、護衛艦『やまぎり』で艦長をさせてもらいました。プランは自分で考えないと。これは自衛官だからではなく、社会人だから。
橫田:私たちの場合、精神的にたまたまタフなタイプではありますが(笑)、女性自衛官の中には、子育てや仕事と家庭の両立などで悩んだり、苦労している人がいるのは事実です。そういう声を拾っていくのも、われわれの役割だと考えています。
吉田:この人に相談すれば話を聞いてもらえる、話を理解してもらえると思える存在がいることが大切ですね。
橫田:女性が働きやすい環境って、女性だけでなく男性も働きやすい環境だと思います。
「女性自衛官」という言葉から「女性」が取れることを夢みて
橫田:人生に対する価値観は人によってさまざま。私自身はたまたま「女性初」の役職の場合が多いので、こうして取材を受けることも多いのですが、必ずしも「女性の活躍」イコール「階級が上がること」ではないと考えています。
吉田:自衛隊だけでなく、世間一般で女性の活躍といえば、社長になることなどが注目も集めやすいですが、そんなに単純な話ではなく、多様な考え方や働き方が実現できることが大切だと思います。
橫田:派遣社員やパートでも、あるいは家庭の仕事をしていても、キラキラ輝いている人はいます。働き方は多様でいい。
小野:ただ一方で、「こういう仕事をしたい」、「こういう夢を実現したい」と思ったら、ある程度の階級は必要。
吉田:そういうジレンマはありますね。だから私たちのように、ある意味で先陣を切る世代が頑張って、組織に声を届けなければと思うし、そのためには、ある程度の地位も必要とも思います。組織に女性の声を届けて、もっと働きやすい環境を実現させるためなら「上ではなく、前に出るよ」という気持ち。
橫田:そしていつか私たちが「女性初の〇〇」ではなく、1人の自衛官として取材を受けられる日がくればいいなと。
小野:本当に! 私たちの存在自体、もの珍しいものではなくなるのが理想的。
吉田:「女性自衛官」という言葉から「女性」が取れることが私たちの夢、ですね。
(MAMOR2021年3月号)
<文/真嶋夏歩 撮影/山川修一 写真提供/防衛省>