かつて自衛隊といえば“男性社会”の象徴だった。看護職以外で女性に初めて国防の担い手としての道が開かれたのは1974年。防衛大学校が女子学生を受け入れたのが92年のこと。それから幾星霜、現在、女性自衛官たちは自衛隊のほぼ全職種で活躍ができるようになった。彼女たちが一様に口にするのは、「私はイチ自衛官」。そう、国防を担う身には女性も男性もないということなのだ。
女性のトップキャリア自衛官が集結!
ここに登場いただく3人の自衛官をご紹介しよう。
吉田ゆかり1等空佐は防衛大学校女子1期生、横田紀子1等陸佐は2期生、そして小野小百合1等海佐は4期生。3人は防大時代から続く先輩・後輩という関係でもあり、皆、プロフィールに「女性初」あるいは「女性最年少」という輝かしい称号が付いている。
吉田1佐は1996年に浜松管制隊に配属されたのち、さまざまな部隊を経て2011年に松島管制隊長(女性初の管制隊長)に、17年に統合幕僚監部災害派遣班長(女性初の運用系の班長)に、そして19年より現職の航空幕僚監部総務部総務課広報室長(女性初の広報室長)に就任。
橫田1佐は1997年に宇都宮の第12特科連隊に配属後、さまざまな部隊を経て2008年に第12特科隊中隊長(女性初の戦闘職種の中隊長)に、19年に岩手の第9特科連隊長兼岩手駐屯地司令(女性初の戦闘職種の連隊長および駐屯地司令)に、そして20年より現職の陸上幕僚監部監理部総務課広報室長に就く。
そして小野1佐は00年に練習艦『しまゆき』の通信士として配属されたのち、さまざまな艦や部隊を経て、18年には護衛艦『やまぎり』の艦長に就任(女性最年少の護衛艦艦長)。19年より現職の海上幕僚監部人事教育部教育課学校班長に就く。
そんな女性の自衛官としてトップキャリアの道を走る陸・海・空の3人が集結し、本音のトークを繰り広げてくれた。そこから見えてくる女性特有の苦労と努力の歴史、そして国を守るべく存在する、自衛官の今の姿とは?
「防大に女なんていらない」と言われ……
編集部:私たち一般人から見ると、自衛隊といえば、男社会の代名詞のように思えます。さぞかし頭の固い男性上司に、ご苦労されたのではないですか?
吉田1佐(以下、吉田):もう遠い昔になりますが(笑)、「防大に女なんていらない」と言われて悔しくて泣いた経験から始まって、上司になったら「今度の隊長、女かよ」とささやかれるなど、細かいエピソードを並べれば、多少の苦労はあったのかもしれないですね。
小野1佐(以下、小野):実際にはそのような枠はないのですが、昇任した際に「女性は“女性枠”があるからいいよな」といったことを言われたり。
橫田1佐(以下、橫田):昇任に“女性枠”なんてあるはずないのですが。
吉田:最初は何も言い返せなくて悔しい思いをしましたが、今では「女性扱いしてくださってありがとうございます」と、笑顔で言い返せるようになりました(笑)。
橫田:私自身は「女だからつらい」と思ったことは1度もないですね。20数年、仕事で泣いたことはありません。
吉田:自衛隊だけでなく、女性ならばどこの組織であっても多少の苦労や悩みはあるのではないでしょうか。
小野:私自身は今まで女性の先輩方が初の艦長とか司令とか、切り開いてくださった道を後からついて行くことができたので、あまり苦労を感じていません。
女性が身体的に不利な場面は少ない
橫田:そもそもここにいる私たち3人は、「女だから大変」とか、「女だから損」ということを、あんまり感じないタイプかもしれないですね(笑)。
小野:確かに! そんなこと考えてたら、今のキャリアはなかったかも。
橫田:もちろん、例えば体力において、男女差は確かにあります。60キログラムの土のうを3つ一気に運べと言われたら、女性にはさすがに無理。でも、「同じ土のう100個を1カ月の納期で」というオーダーなら、工夫次第で体力をカバーする方法は無数にあります。
そもそも体力って単純なパワーだけではなく、防衛体力とか、耐性とか、いろいろな種類があると考えていますし、人間の能力の、本当にごく一部でしかない。
小野:むしろ女性より体力のない男性のほうが大変かもしれません。
吉田:確かに!防大で教官をやっていたときに、プールから上がれなかったり、ボールを投げられなかったりする男子学生がいましたが……。でも、実際、空自は普通の体力があればよくて、私もあまり運動しませんが(苦笑)。
小野:船も重いものは機械で運ぶことが多いので(笑)、女性が体力的に不利なシーンは意外と少ないですね。
橫田:決して無いとは言いませんが、「身体的に女性が不利」な場面って、多分、皆さんが想像されている以上に、少ないと思います。
自衛隊は、「結果」が正当に評価される、健全な組織
小野:ここは強調したいのですが……実は自衛隊って、やるべきことをやっていれば、男女の区別なく公平に評価してもらえる組織です。システマチックというか、ある意味、機械的に運用されていますから、結果さえ出していればきちんと評価してもらえる、健全な組織なんです。
橫田:もし「私は女だから……」と悩んでいるとしたら、その時点で自分は損をしていると考えがちで、それならば発想の転換をしたほうがいいかもしれないですね。
小野:「女だから無理」と、勝手に限界を決めて、足を引っ張っているのは、むしろ自分自身かもしれません。女性であることを言い訳にチャレンジをためらう、自分の心のブレーキを外してしまえば、可能性は広がっていくはずです。
吉田:少し視点を変えれば、女性だからこそすぐに名前を覚えてもらえたりということも少なからずありますしね。
小野:私が後輩にいつも言っているのは、「女性は頑張って結果を出せば、男性よりも目立つから、評価してもらいやすい」ということ。その反面、失敗すれば「やっぱり女性だから」って言われてしまうかもしれない。よくも悪くも目立つ存在だからこそ、立場をうまく活用してチャレンジすればいいし、モチベーションにしていこうと。
橫田:男性の受け取り方も、世代によってずいぶん変わってきたと思います。私たちより下の世代はほとんどの隊員が「女性の上司がいるのは普通」と思っているし、今後はその感覚が当たり前になっていくと思います。
吉田:「女性自衛官だから」というより、あくまで「1人の自衛官」として、「1人の幹部自衛官」として勤務してきた結果、今の自分があると思っています。
⇒後編に続く『女性の自衛官が悩む「出産とキャリアの向き合い方」』
(MAMOR2021年3月号)
<文/真嶋夏歩 撮影/山川修一 写真提供/防衛省>