自衛隊では様々な局面で「号令」を使い分けている。お馴染みの「啓礼」はもちろんのこと、戦闘時には複数の号令を組み合わせて使うなど、その役割は大きい。「号令」はどんな歴史を経て現在の形に進化したのだろうか。
軍事全般の歴史に詳しい防衛省防衛研究所の伊藤3等空佐に、歴史や自衛隊独特の号令など、さまざまな話を伺った。
「音」や「旗」から始まった軍事における号令の歴史

平安時代後期に東北地方で起った前九年の役を描いた絵図にある「陣太鼓」で合図を出す兵士 図版『前九年合戦絵詞』より/国立歴史民俗博物館所蔵
軍勢を同時に動かすため「合図」を使って統制を取る方法は古くからあったと推察されている。それらの多くは「音」または「視覚」によるものだった。太鼓や鐘、銅鑼などの音響、大勢で一斉に出す「鬨の声」、旗を振りのろしを上げるなどだ。
「ヨーロッパでは東ローマ(ビザンツ)帝国時代の軍事書『タクティーク』に太鼓を使った統制の記述があります。中国でも『春秋左氏伝』や『孫子』に鐘や太鼓、旗で指揮をしていたとあります」と伊藤3佐。
伊藤3佐によれば、昔の戦闘はやりや刀、弓などを使った戦いが主流で、列を乱さず前進したり、一斉に弓を射つために合図を使ったという。「数千人、数万人規模での戦いとなると、指揮官の声は届きません。そのため“大きな合図”が必要でした」。
近代的軍隊の「号令」は、フランスで生まれ広がった
フランス陸軍の『歩兵操典』。多言語に翻訳され現代にも通ずる号令の要領が記されている
「敬礼」は英語だと「salute(サルート)」、中国語では「礼炮(リィーパォ)」と言い、これらの号令は世界各国の軍隊で使われている。そのルーツをさかのぼると、ある1冊の教本にたどり着く。
「1791年にフランスで発行された『歩兵操典(ほへいそうてん)』です。16世紀ころから小銃の性能が向上し常備軍が誕生。多数の兵が一斉に射撃するための教練が求められるようになり、誕生しました」と伊藤3佐。続けてこう説明する。
「『歩兵操典』には動作予告の予令、実行の動令という2段階の命令方式が記載されました。明瞭簡潔で誤解の少ない『号令』という考えがこの本で標準化されたのです」

フランスの『歩兵操典』を日本語訳した『歩兵令詞』(1867刊) 画像提供/国立公文書館
この『歩兵操典』はさまざまな言語で翻訳され普及し、これが今も世界各国で使われる号令の基になっている。
日本でも幕末の開国で近代化が進み、1867年にフランスの軍事顧問からフランス式教練が伝わった。明治以降の軍制はプロイセン(後のドイツ)式に変わった旧日本軍だが、号令や部隊動作の統制などはフランス式の教練が受け継がれていった。
「こうした教練は自衛隊の『基本教練』においても礎となっています」と伊藤3佐は話すが、日本独自で使われている号令もあるという。
「『休め』と『整列 休め』がある点です。後者は儀礼などで使われ、前者よりも腕の位置に緊張感があります。アメリカ軍にも『整列 休め』に近い号令『パレードレスト』がありますが、『整列 休め』は厳格で礼節を重んじる日本らしい号令でしょう」
外国語の号令は何と言う?
さまざまな号令について、世界各国ではどのように言うのだろうか。英語、中国語、フランス語、ドイツ語を例に主な号令を紹介する。

【伊藤3佐 防衛研究所戦史研究センター安全保障政策史研究室所属】
(MAMOR2026年1月号)
<文/臼井総理 写真提供/防衛省>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです


