太平洋戦争を戦い抜き、多くの命を救った旧日本海軍の駆逐艦『雪風』。今年8月、実話を基に製作された映画『雪風 YUKIKAZE』が公開している。
数々の戦争をテーマに、軍人や自衛官を描いてきた書き手は、戦後80年という節目を迎えた日本で、“幸運艦”『雪風』を通して私たちに何を問いかけるのだろうか?
【長谷川康夫氏】
脚本家・演出家。1953年、札幌市生まれ。早稲田大学政治経済学部入学後、つかこうへい氏と出会い、演劇の道へ。以降「劇団つかこうへい事務所」において、一連のつか作品に出演する。82年の劇団解散後は、劇作家・演出家として多くの舞台作品を発表。92年からは仕事の中心を映画に置き、数々の脚本を手がける。『亡国のイージス』(2005年)で日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞
戦争を題材とした各作品に共通する「思い」とは?
『君を忘れない』(1995年・日本ヘラルド映画)、『亡国のイージス』(2005年・日本ヘラルド映画)、『真夏のオリオン』(2009年・東宝)、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(2011年・東映)、『空母いぶき』(2019年・キノフィルムズ)などの作品は、全てプロデューサーの小滝祥平との仕事なんですが、彼と脚本を作っていく中で「国益ってなんだろ」って話になって。この手の作品だと「国益のために」なんてせりふが必ず登場しますからね。
そしたら小滝が「子どもたちの幸せな未来だ」と。つまり、次の世代のために、われわれに何ができて、何をしなければならないかなんだと。答えになってるかどうか分かりませんが、各作品に共通して流れているものなら、それなんじゃないかな。
中でも本作に込めた「思い」とは?
それは映画を観ていただく前につくり手が語ることではなく、あくまでも観客の皆さんの感じたものが全てだと思っています。ただ、あえて言うなら「戦争だけはしてはいけない」ということになるかもしれません。
この作品をつくるにあたって、実際に旧日本海軍の艦に乗っていた方々に話を伺いました。もう残っている方も少なく、小滝と2人、全国を回ったんですが、その中で皆さん必ず最後におっしゃったのが「戦争だけは起こしてはならない」というひと言だったんです。見事に共通していました。
ほぼ30年前から、作品のたびに取材のようなものをしてきましたが、そこまではっきり耳にすることはなかった。それが、戦後これだけ時間がたって、お年を召されて、実際に戦争を知る皆さんがそういう思いを持っていらっしゃる。それは脚本に込めたつもりです。ただ「反戦」を訴えるための映画なんてくくられるのは、ちょっと違う気がしますけど。
なぜ今、『雪風』なのか。製作のきっかけとは?

艦が沈み、海に投げ出された兵士たちを、懸命に手を伸ばして救う『雪風』の乗組員たち ©2025 Yukikaze Partners.
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻ですね。ちょうど次の作品について小滝と考えていたころで、もう1度、戦争とは何なのかを考えるものを作ろう、ということに。撮影に入る2年以上前です。
そこで小滝が出してきたのが『雪風』。『山本五十六』をやったときに、原作者の半藤一利さんからその艦のことは聞いていたんです。残したい話だと。
当時から“幸運艦”と呼ばれ、どんな過酷な戦いでも必ず生き残り、そしてやられたほかの艦の仲間たちを助けて帰ってくる。神様に選ばれたとでもいうのか、何か象徴的な意味を持つ艦です。
それに戦艦『大和』でも『武蔵』でもなく、はるかに小さな駆逐艦というものの奮闘を描いた作品はほとんどありませんからね。そんなわけで「やろう」ということになりました。まぁ戦後これだけ時間がたったからこそ、駆逐艦を通してあの戦争を振り返る、なんて映画が作れたのかもしれません。
余談ですが、駆逐艦は乗員の数も少なく、皆が家族のような関係の中、それぞれの持ち場で頑張っている。これは撮影の現場にとても似てるんですね。まさに全員『雪風』に乗ってるっていうのかな。撮影中そんなことを感じて、うれしくなりましたね(笑)。
史実をなぞった部分とフィクションの割合は?
これも半藤さんから教わったんです。「史実を知った上でならフィクションを加えることはかまわない」と。だから今回も、『雪風』や旧日本海軍のことは徹底して調べました。
その上で「物語」としてかなり自由に構成しています。例えば、本作で竹野内豊さんが演じる「寺澤艦長」ですが、実際に映画で描かれる時間の中だけで雪風の艦長は6人います。でも物語として、いちいち交代させるのでは伝わらない。そこで、寺澤という人物を創造し、彼1人に物語を託しました。ただ史実とのバランスは常に考えながらの作業でした。
脚本家という立場からの見どころとは?

『雪風』に救助された1人、水兵の井上(右)は、水雷員として『雪風』に配属され、自身を海から引き上げてくれた先任伍長の早瀬と再会する ©2025 Yukikaze Partners.
今回の作品は、主役級の俳優さんだけではなく、ちょっとした役に至るまで皆さんが全て「ハマって」、なおかつ個々に印象に残る演技をしてくれたなと思っています。
今回ほど、小さな役に至るまで皆さんが印象的だったというのは、なかなかないかもしれません。あくまでも一観客として観たときに、どの役者さんも「いいなぁ」と思わせてくれる作品は珍しいのでは……って、手前みそってヤツですかね(笑)。
中でも俳優さんたちのすごみを感じさせられたのは、いくつかの「2人」での会話シーンかな。僕は舞台出身なので、もともと2人だけの会話には思い入れが強くて、やっぱり好きなんですね。本作でも多くのそういう場面があるのですが、自分が書いたせりふなのに、俳優さんからそれが発せられた瞬間、ドキッとさせられたりするんです。
せりふの意味を、逆に俳優さんから教えてもらうというか、とにかく想像以上にいいシーンになったので、ぜひそこは観ていただきたいですね。
作品が完成しての感想と、読者へのメッセージは?
完成した後はどんな作品でも、あそこはこうすればよかった、という反省点は必ずあります。それを忘れた上で言うと、正直自分が携わった作品の中でも、ものすごく「好き」な映画の1つになりました。これは間違いないですね。
マモル読者の皆さんも、観てもらって自由に感じ取ってくれればいいと思っています。まぁ言葉で説明できるなら、映画なんて作っていませんものね(笑)。
(MAMOR2025年9月号)
<文/臼井総理 写真/星 亘>
※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです