•  海上自衛隊の主力装備・艦艇を動かすためには、多くの乗員が必要だ。そのため、海上自衛隊には「海上訓練指導隊群」という、艦艇の乗員を鍛える指導者たちが集まったインストラクター役の部隊が存在している。

     なかでも横須賀海上訓練指導隊は艦艇での指導のほか、シミュレーターによる訓練指導も担い、修理時など艦艇が稼働しないときも部隊を強くする体制を作っている。この訓練と同隊にしかない立入検査班の指導を紹介しよう。

    最新のシミュレーターで、より強い艦艇乗りを育てる

    画像: シミュレーター「F-NAT」。風速は最大50メートル、波浪は最大20メートルなどの設定が可能で、艦橋からの視界を模擬した映像も天候に合わせ変化する

    シミュレーター「F-NAT」。風速は最大50メートル、波浪は最大20メートルなどの設定が可能で、艦橋からの視界を模擬した映像も天候に合わせ変化する

     横須賀海上訓練指導隊には、現在、日本で唯一ここにしかないシミュレーターがある。その名も「F−NAT」。正式名称を「教育訓練用統合環境装置」といい、F−NATは「Frigate multi-purpose Navigation Trainer」の略称だ。

     同様のシミュレーターに「NAT」(Navigation Trainer)があり、これは第1術科学校(広島県)や防衛大学校(神奈川県)にもあるが、F−NATは2022年から就役している最新の『もがみ』型護衛艦の艦橋を模擬できる。シミュレーターの処理能力も向上しており、よりリアルな模擬航海ができるのが特徴だ。

    「NATに比べ、視認性が向上しました。海図も最新の状態に更新できるため、港湾施設など陸上の目標は現地で目視する状態に近くなり、リアルです。

     また少人数で運用できる『もがみ』型に合わせ、艦橋からの操艦だけではなく、レーダーやソナー、通信などが集約され指揮・発令を行うCIC(戦闘指揮所)からの操艦にも対応するなど、総合的な航海訓練が可能です」

     こう説明するのは、同隊の尾崎2等海佐。

    画像: シミュレーターの脇には天候や時間などを調整するコントロール室がある。指導官の指示に合わせ、さまざまな海洋環境を作り出す

    シミュレーターの脇には天候や時間などを調整するコントロール室がある。指導官の指示に合わせ、さまざまな海洋環境を作り出す

     取材時は護衛艦『ゆうぎり』の若手乗員が航海術の演習をしていたが、周囲を取り巻く多数のリアルな民間船舶や、スピーカーから聞こえる風や、汽笛の音が臨場感を増し、乗員たちの間で飛び交う報告や号令を聞いていると、実際の艦橋に乗り込んでいるような錯覚を覚えるほど。

    「夜間や濃霧、荒天などさまざまな状況を模擬できますし、日本列島周辺の大部分の海域をシミュレートできるので、初めて行く基地、港に向かう際の事前演習もできます。また訓練を終えた後は、艦艇を上空から斜めに見下ろした鳥かんの視点に切り替え、操艦訓練を客観的に振り返れるのも特徴です」と尾崎2佐。

    「一人ひとりの動きだけではなく、チームとして互いにどうカバーするかを見て指導します」と教育のポイントについて語る尾崎2佐

     艦艇に初めて配属される若手海士に対し操舵や見張りなどの基本を学ばせる教育、海曹や幹部の指導力を向上させる教育、艦艇長をはじめとする乗員の異動などに伴うチームワークのビルドアップまで、幅広く用いられているF−NAT。今日も艦艇乗りを鍛える「トレーニングジム」の役割を果たしている。

    不審船対処など、危険な任務に臨む隊員を鍛える

    画像: 緑色の帽子と腕章を着用しているのが指導官。私服を着ている不審船の乗員役も、指導官が務め、訓練を重ねる

    緑色の帽子と腕章を着用しているのが指導官。私服を着ている不審船の乗員役も、指導官が務め、訓練を重ねる

     各護衛艦の乗員によって編成される「立入検査隊」。必要に応じて不審船に隊員を乗り込ませ、積み荷や船舶書類、船内区画の検査を行う「立入検査」を担っている。

     基本的な教育は第1術科学校で行われるが、立入検査隊員の訓練指導を行うのは、同隊指導部の「立入検査班」だ。

    「任務をまっとうし『無事帰ってきました』という報告を受けたときがうれしいですし、やりがいを感じます」と語る草場曹長

    「私たちは各護衛艦から集まった隊員に訓練指導を行います。初級者から上級者まで隊員のレベルに合わせた指導を実施し、任務を果たせるように教えます」と語るのは、立入検査班の先任指導官である草場海曹長。

    「訓練は1つひとつの動作に意味があり、原理原則を理解してもらうことを重視します。立入検査は時として身を危険にさらす任務。修得することが多々あります」と続ける。

    画像: 停泊中の作業船を使って立入検査の訓練を実施。けん銃を構え、不審船の乗員にどう対処するかを指導する

    停泊中の作業船を使って立入検査の訓練を実施。けん銃を構え、不審船の乗員にどう対処するかを指導する

     立入検査隊の隊員は、ソマリア沖・アデン湾に艦艇を派遣して行われる海賊対処行動でも活躍。隊員は海賊船にボートで接近し、時には移乗して対応する。

    「立入検査隊は有事でなくても実任務を行うことがあります。それだけに全員が生きて戻れることが一番大切。指導官として厳しく指導するのは、彼らのためを思ってのことです」と草場曹長は付け加えた。

    (MAMOR2025年7月号)

    <文/臼井総理 写真/村上淳(相馬2佐) 写真提供/防衛省>

    艦艇乗りをより強くするトレーニング・ファイル

    ※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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